睦月島豪商が建てた奄美大島の皇室御用達旅館を再現

※1972年昭和天皇皇后両陛下が2回目の奄美大島行幸として御訪問(写真:朝日新聞社)

1.【昭和天皇御宿泊旅館を建設した睦月島出身の行商】

伊予絣(かすり)の行商で全国を行脚し、その稼いだ利益で皇室御用達の旅館を造った凄腕な商人がいました。 名前は筆者の叔母、森本晴恵。 

昭和40年代中頃、彼女が行商で奄美大島滞在の際、昭和天皇陛下が2回目の奄美大島行幸されるという話を聞きつけた。当時奄美大島には陛下など皇族の方が安心して御宿泊されるに相応しい宿泊施設が無かったのを機に、旅館の建築に取りかかったのです。 旅館の名前は彼女の出身地「睦月島」にちなんで「むづき荘」

「むづき荘」はその後急成長を遂げ、JTB協定旅館にも認定され多くの宿泊客を受け入れました。しかし後継者問題の理由により廃業せざるを得ませんでした。そして晴恵は晩年は睦月島に戻り余生を過ごしたのです。

その晴恵の意志を受け継ぐのみならず、愛媛県の観光経済発展を目的に富裕層インバウンド誘致に特化して森本晴恵が生まれ育った「睦月島」にて、新生「むづき荘」を再現することで超限界集落から脱却し睦月島の繁栄を蘇らせ、愛媛県の経済発展に貢献するものと理解します。

※睦月島で森本さんが栽培した「まどんな」を堪能する東京在住のご友人

2.【行商とみかんで栄えた睦月島】

睦月島は愛媛県松山市沖合の忽那諸島東部にあり、羽を広げたような形の島です。

伊予鉄道高浜駅前の桟橋から高速船やフェリーで20〜40分の所要時間です。

明治から昭和中頃まで、睦月では「縞売り」(しまうり)という伊予かすりの行商が全国各地へ赴き、集落には繁栄した人の豪邸が立ち並んだと言われています。特に東海岸には「長屋門」と呼ばれる立派な門がまえの家屋が並び、その面影を留めています。

その長屋門は台風や高波から家を守るとともに、蔵や居室の役割も果たしています。

門をくぐると「ヒノリワ」と呼ばれる中庭があり、その奥に母屋があります。

かつて「行商の島」として全国に伊予絣などの反物を売り歩く人が多く、50隻の帆船を持って港もたいへんな賑わいをみせたが、現在は柑橘の島となっているのです。

当時の睦月島は、農業生産の豊かな中島や漁業収入のある津和地島などに比べ、人口が多い割に小規模で、生活の支えとなるものがあまりなかったようです。

ところが江戸末期から明治にかけて、睦月島の人々の生活は行商という生業を見出してから大きく変わることとなるのです。

※「長屋門」と呼ばれる立派な門がまえの家屋が当時の繁栄さが伺える森本邸

3.【睦月島での行商の始まり】

江戸時代は、参勤交代を行う帆船に対する潮待ち・風待ちの避難場として利用されており、その一行に対して品物を売る「沖売り」が増えたことが睦月島行商の始まりと言われております。江戸時代の末期から明治時代にかけて、伊予絣(いよがすり)を中心とした手織り反物製造が隆盛しました。

睦月島で製造した反物を、各自の船により行商で販売することで、仕入れの費用も流通経費もいらず、高利潤を得ることができたのです。また瀬戸内海中央部に位置することから、他地域への交通は非常に有利な立場にあったのです。

この手織り反物製造の発達は、愛媛県全体に見られたのですが、狭小で農業生産力の低い睦月島にとって、手織り反物の製造は貴重な現金収入であったため、多くの島民が従事したと言われております。

▪️行商の発展

江戸時代末期に始まった潮待ちする船舶に対する「沖売り」は明治 20 年を境に伝馬船で瀬戸内海各地の海岸や島嶼を周り、行商を行う「縞売り」として発展しました。

これは、ニグロ染め(おはぐろのふしで染めた黒の織物)を含めた手織り反物が、縞模様であることからその名で知られるようになったのです。

船団の規模も拡大。数名で船を宿とし、一度の行商で 1 ヶ月程度周ったと言われました。

明治 30 年代からは、さらに規模が拡大し、ある程度の帆船により「縞売り船」と称した船で寝泊りし、瀬戸内海にとどまらず九州・山陰各地に進出することとなるのです。

「縞売り」は戦前の昭和初期まで続きましたが、全盛期には売り子を含めて約500 人が行商に出ていました。その数は当時の睦月島の人口の約 3 分の 1 にあたります。

※地中海を思わせるガストロノミーな島を目指し、イタリア料理で来島客をもてなす

3.【睦月島の今後の方向性】

・睦月島が抱える現在の問題点

歳月は流れ、2023年現在の睦月は高齢化率85%と全国でもトップクラスの超限界集落に様変わりしました。島民数は5月現在で166人と年々減少の一途で、5年後には1/2に、10年後には1/3になると予測されています。

さらに睦月島では一次産業の高齢化・後継者不足、空き家問題が深刻になっています。このような状況を島民は行政に相談するものの、「将来性のない過疎地」という事で聴く耳を持たれていないとのことです。

また睦月島ではイノシシによる農作物の被害が深刻になっており、農家の方々が手塩にかけた柑橘類を食い荒らしてしまう害獣をどのように解決したら良いかを常日頃ご苦労されていらっしゃるのです。

・打開策として、食事と文化の関係を考察するガストロノミーな島を目指す

このような状況を放置する訳にはいかないということで、睦月島総代の森本泰光氏と森本茂氏など睦月島の若い世代の有志の方々が、睦月島名産物の柑橘類や柑橘を加工したお菓子や酒類の製造にチャレンジしたり、獲れたての魚介類を使ったイタリア料理で客人をもてなしたりして再生を創意工夫して臨んでいます。

さらに島内でのイノシシ駆除対策のイベントを開催しました。主役として、東京神楽坂にある「リストランテ・カルミネ」オーナーシェフ、カルミネ・コッツォリーノ氏を招待。

カルミネ氏曰く「睦月島のイノシシは柑橘類しか食べないから肉の臭みもなくて美味しい」とコメントしました。カルミネ氏の出身国・イタリアでは野生のイノシシ肉が身近な食材として親しまれていて、さまざまな調理法が生活に根付いているのです。ジビエとしてイノシシ料理を地元料理にすることで農作物被害の改善策が見出せたようです。

豪商の古民家を修復・再現した生口島の高級旅館(引用元:Azumi Setoda HP)

4.【豪商の古民家をラグジュアリー旅館に改装した成功事例】

このように今後の人口減少、さらに宿泊施設が無い睦月島の経済発展などの問題をどのような解決の糸口になるかを模索していたところ、一例として同じ瀬戸内海に浮かぶ島にヒントがありました。愛媛県の大三島と広島県との県境にある「生口島」の瀬戸田町に「Azumi Setoda」があります。

今から150年近く前の明治9年に製塩で財を成した旧堀内邸をスタイリッシュに改装され奢な佇まいの屋敷が2021年3月、世界中の富裕層旅行者に支持されているラグジュアリーホテル「アマン」の創始者、エイドリアン・ゼッカ氏によって、日本旅館として生まれ変わりました。

「Azumi Setoda」の発端は1995年に遡り、当時世界中のホテル愛好家の憧れの的だったバリ島の「アマンダリ」と京都の老舗旅館「俵屋」を舞台に、ゼッカ氏と「俵屋」の女将・佐藤年氏が、とある雑誌に“もてなしの心”について、お互いの叡智と哲学を存分に披露し合うという奇跡的な対談が実現し、アマンファンの間でも話題となりました。

ゼッカ氏は、「アマン」を造りながらも、日本旅館を造るという構想を、かなり前から抱いており、京都「俵屋」を訪れたことで、その思いはより強くなっていったのだと思われます。新ブランド「AZUMI」では、日本独自の家庭的な旅館の概念を、当初の意図と照らし合わせながら変化させています。

このように土地の文化や歴史、コミュニティー新生「むづき荘」のコンセプトは以下の通りです。

※新生「むづき荘」のテーマはラグジュアリーなリトリート(癒し)

5【宿泊客は富裕層インバウンドに絞り込む】

近年日本ではアフターコロナということでインバウンドにかなり力を注いでます。富裕層インバウンドにこだわる理由は訪日されたセレブリティがインフルエンサーになるからです。その究極のインフルエンサーとは国王や大統領などの要人です。

弊社が富裕層をインバウンドのターゲットとする理由について、観光消費額の平均単価が高いということはもちろんですが、それだけではありません。旅行業界に限らず、富裕層の間で「良い」と認められたものはマス層(大衆)の憧れになる傾向があります。

このようなセレブリティに認められたブランド、そして流行したトレンドは「憧れ」となり、すべての人に影響・波及し得るのです。このように新しい価値観の醸成を促すことで、観光産業全体の押し上げを図ることも、富裕層インバウンド活性化への取り組みです。

また富裕層に特化する事で、オーバーツーリズムの未然防止・抑制・受入環境整備による持続可能な観光推進に貢献します。

島という海に囲まれた立地は部外者が安易に侵入できないようになっていますので、自然とセキュリティ対策は万全です。富裕層の方々にとって、離島滞在は身の安全を確保することにも貢献します。

愛媛の知名度が世界的に高くない現状を打破するには、世界の高級ホテルチェーン(リッツ・カールトン、フォーシーズンズホテル等)を誘致し、その知名度をレバレッジ効果によって世界中の富裕層インバウンドへのアプローチが容易にするのです。

豪商で栄えた睦月島だから、富裕層インバウンド誘致に相応しい土地柄かと思われます。

※外観は豪商の家屋を再現、内装はスタイリッシュなデザイン

6.【新生「むづき荘」再生に向けて】

弊社が想定している富裕層インバウンドにとって、究極の旅とは旅の過程を大事にして、 体験を心に刻むことです。滞在客の中で、特に夫婦参加の場合は、その旅の体験を通して 人生の足跡を「同期化」することにより、夫婦の喜びや失敗も共有できるのです。

ゲストは、宿泊先での滞在生活の中に、人生の「物語」を潜在的に求めている傾向があります。思い出を心に刻みたいと思っている人たちなのです。富裕層インバウンドの旅には「人生の価値や感動を刻む」仕掛けが欠かせません。

その実現のためには、彼らのライフスタイルに最大限に配慮(顧客独自の世界観を知らずして、心配りはできない)をしつつ、宿泊客による旅行の”中心”に 「睦月島での滞在」という“舞台”を演出するのです。

そしてお仕着せの企画ではなく、多くの選択肢の中なら、彼らが 「気の向くまま」選べるだけの潤沢なメニューを満たす商品企画力が必要です。料理も愛媛の郷土料理や和食会席料理だけでなく、地の素材をベースにした世界三大料理(フランス料理、中華料理、トルコ料理)やイタリア料理なども作る柔軟性が富裕層インバウンドには求められるのです。このような多彩な食事の選択肢を提供することも必要です。

そこで新生「むづき荘」は再建は創業者が一人で土地を購入したり、スタッフの人材確保する個人プレーで再生するのではなく、睦月島島民や行政、国内外ホテルチェーン、民間デベロッパー、投資家、有志などとコラボレーションで一体化を図ることを目的とし、宿泊事業が継続が実現します。

そして睦月島に備わっているポテンシャル(潜在能力)や土地の文化や歴史、コミュニティー、食材などの「豊富な資源」を活用すれば、再び隆盛を蘇らせ愛媛県の観光経済に貢献できるかと思われます。

———————————————————————————————-

旅行手配の旅行会社様からのご依頼はこちら

旅行手配以外の官公庁及び法人様お問合せこちら

———————————————————————————————

睦月島豪商が建てた奄美大島の皇室御用達旅館を再現

※1972年昭和天皇皇后両陛下が2回目の奄美大島行幸として御訪問(写真:朝日新聞社)

1.【昭和天皇御宿泊旅館を建設した睦月島出身の行商】

伊予絣(かすり)の行商で全国を行脚し、その稼いだ利益で皇室御用達の旅館を造った凄腕な商人がいました。 名前は筆者の叔母、森本晴恵。 

昭和40年代中頃、彼女が行商で奄美大島滞在の際、昭和天皇陛下が2回目の奄美大島行幸されるという話を聞きつけた。当時奄美大島には陛下など皇族の方が安心して御宿泊されるに相応しい宿泊施設が無かったのを機に、旅館の建築に取りかかったのです。 旅館の名前は彼女の出身地「睦月島」にちなんで「むづき荘」

「むづき荘」はその後急成長を遂げ、JTB協定旅館にも認定され多くの宿泊客を受け入れました。しかし後継者問題の理由により廃業せざるを得ませんでした。そして晴恵は晩年は睦月島に戻り余生を過ごしたのです。

その晴恵の意志を受け継ぐのみならず、愛媛県の観光経済発展を目的に富裕層インバウンド誘致に特化して森本晴恵が生まれ育った「睦月島」にて、新生「むづき荘」を再現することで超限界集落から脱却し睦月島の繁栄を蘇らせ、愛媛県の経済発展に貢献するものと理解します。

※睦月島で森本さんが栽培した「紅まどんな」を堪能する東京在住のご友人(筆者撮影)

2.【行商とみかんで栄えた睦月島】

睦月島は愛媛県松山市沖合の忽那諸島東部にあり、羽を広げたような形の島です。

伊予鉄道高浜駅前の桟橋から高速船やフェリーで20〜40分の所要時間です。

明治から昭和中頃まで、睦月では「縞売り」(しまうり)という伊予かすりの行商が全国各地へ赴き、集落には繁栄した人の豪邸が立ち並んだと言われています。特に東海岸には「長屋門」と呼ばれる立派な門がまえの家屋が並び、その面影を留めています。

その長屋門は台風や高波から家を守るとともに、蔵や居室の役割も果たしています。

門をくぐると「ヒノリワ」と呼ばれる中庭があり、その奥に母屋があります。

かつて「行商の島」として全国に伊予絣などの反物を売り歩く人が多く、50隻の帆船を持って港もたいへんな賑わいをみせたが、現在は柑橘の島となっているのです。

当時の睦月島は、農業生産の豊かな中島や漁業収入のある津和地島などに比べ、人口が多い割に小規模で、生活の支えとなるものがあまりなかったようです。

ところが江戸末期から明治にかけて、睦月島の人々の生活は行商という生業を見出してから大きく変わることとなるのです。

※「長屋門」と呼ばれる立派な門がまえの家屋が当時の繁栄さが伺える(筆者撮影)

3.【睦月島での行商の始まり】

江戸時代は、参勤交代を行う帆船に対する潮待ち・風待ちの避難場として利用されており、その一行に対して品物を売る「沖売り」が増えたことが睦月島行商の始まりと言われております。江戸時代の末期から明治時代にかけて、伊予絣(いよがすり)を中心とした手織り反物製造が隆盛しました。

睦月島で製造した反物を、各自の船により行商で販売することで、仕入れの費用も流通経費もいらず、高利潤を得ることができたのです。また瀬戸内海中央部に位置することから、他地域への交通は非常に有利な立場にあったのです。

この手織り反物製造の発達は、愛媛県全体に見られたのですが、狭小で農業生産力の低い睦月島にとって、手織り反物の製造は貴重な現金収入であったため、多くの島民が従事したと言われております。

▪️行商の発展

江戸時代末期に始まった潮待ちする船舶に対する「沖売り」は明治 20 年を境に伝馬船で瀬戸内海各地の海岸や島嶼を周り、行商を行う「縞売り」として発展しました。

これは、ニグロ染め(おはぐろのふしで染めた黒の織物)を含めた手織り反物が、縞模様であることからその名で知られるようになったのです。

船団の規模も拡大。数名で船を宿とし、一度の行商で 1 ヶ月程度周ったと言われました。

明治 30 年代からは、さらに規模が拡大し、ある程度の帆船により「縞売り船」と称した船で寝泊りし、瀬戸内海にとどまらず九州・山陰各地に進出することとなるのです。

「縞売り」は戦前の昭和初期まで続きましたが、全盛期には売り子を含めて約500 人が行商に出ていました。その数は当時の睦月島の人口の約 3 分の 1 にあたります。

※地中海を思わせるガストロノミーな島を目指し、イタリア料理で来島客をもてなす(筆者撮影)

3.【睦月島の今後の方向性】

・睦月島が抱える現在の問題点

歳月は流れ、2023年現在の睦月は高齢化率85%と全国でもトップクラスの超限界集落に様変わりしました。島民数は5月現在で166人と年々減少の一途で、5年後には1/2に、10年後には1/3になると予測されています。

さらに睦月島では一次産業の高齢化・後継者不足、空き家問題が深刻になっています。このような状況を島民は行政に相談するものの、「将来性のない過疎地」という事で聴く耳を持たれていないとのことです。

また睦月島ではイノシシによる農作物の被害が深刻になっており、農家の方々が手塩にかけた柑橘類を食い荒らしてしまう害獣をどのように解決したら良いかを常日頃ご苦労されていらっしゃるのです。

・打開策として、食事と文化の関係を考察するガストロノミーな島を目指す

このような状況を放置する訳にはいかないということで、睦月島総代の森本泰光氏と森本茂氏など睦月島の若い世代の有志の方々が、睦月島名産物の柑橘類や柑橘を加工したお菓子や酒類の製造にチャレンジしたり、獲れたての魚介類を使ったイタリア料理で客人をもてなしたりして再生を創意工夫して臨んでいます。

さらに島内でのイノシシ駆除対策のイベントを開催しました。主役として、東京神楽坂にある「リストランテ・カルミネ」オーナーシェフ、カルミネ・コッツォリーノ氏を招待。

カルミネ氏曰く「睦月島のイノシシは柑橘類しか食べないから肉の臭みもなくて美味しい」とコメントしました。カルミネ氏の出身国・イタリアでは野生のイノシシ肉が身近な食材として親しまれていて、さまざまな調理法が生活に根付いているのです。ジビエとしてイノシシ料理を地元料理にすることで農作物被害の改善策が見出せたようです。

豪商の古民家を修復・再現した生口島の高級旅館(引用元:Azumi Setoda HP)

4.【豪商の古民家をラグジュアリー旅館に改装した成功事例】

このように今後の人口減少、さらに宿泊施設が無い睦月島の経済発展などの問題をどのような解決の糸口になるかを模索していたところ、一例として同じ瀬戸内海に浮かぶ島にヒントがありました。愛媛県の大三島と広島県との県境にある「生口島」の瀬戸田町に「Azumi Setoda」があります。

今から150年近く前の明治9年に製塩で財を成した旧堀内邸をスタイリッシュに改装され奢な佇まいの屋敷が2021年3月、世界中の富裕層旅行者に支持されているラグジュアリーホテル「アマン」の創始者、エイドリアン・ゼッカ氏によって、日本旅館として生まれ変わりました。

「Azumi Setoda」の発端は1995年に遡り、当時世界中のホテル愛好家の憧れの的だったバリ島の「アマンダリ」と京都の老舗旅館「俵屋」を舞台に、ゼッカ氏と「俵屋」の女将・佐藤年氏が、とある雑誌に“もてなしの心”について、お互いの叡智と哲学を存分に披露し合うという奇跡的な対談が実現し、アマンファンの間でも話題となりました。

ゼッカ氏は、「アマン」を造りながらも、日本旅館を造るという構想を、かなり前から抱いており、京都「俵屋」を訪れたことで、その思いはより強くなっていったのだと思われます。新ブランド「AZUMI」では、日本独自の家庭的な旅館の概念を、当初の意図と照らし合わせながら変化させています。

このように土地の文化や歴史、コミュニティー新生「むづき荘」のコンセプトは以下の通りです。

※新生「むづき荘」のテーマはラグジュアリーなリトリート(筆者撮影)

5【宿泊客は富裕層インバウンドに絞り込む】

近年日本ではアフターコロナということでインバウンドにかなり力を注いでます。富裕層インバウンドにこだわる理由は訪日されたセレブリティがインフルエンサーになるからです。その究極のインフルエンサーとは国王や大統領などの要人です。

弊社が富裕層をインバウンドのターゲットとする理由について、観光消費額の平均単価が高いということはもちろんですが、それだけではありません。旅行業界に限らず、富裕層の間で「良い」と認められたものはマス層(大衆)の憧れになる傾向があります。

このようなセレブリティに認められたブランド、そして流行したトレンドは「憧れ」となり、すべての人に影響・波及し得るのです。このように新しい価値観の醸成を促すことで、観光産業全体の押し上げを図ることも、富裕層インバウンド活性化への取り組みです。

また富裕層に特化する事で、オーバーツーリズムの未然防止・抑制・受入環境整備による持続可能な観光推進に貢献します。

島という海に囲まれた立地は部外者が安易に侵入できないようになっていますので、自然とセキュリティ対策は万全です。富裕層の方々にとって、離島滞在は身の安全を確保することにも貢献します。

愛媛の知名度が世界的に高くない現状を打破するには、世界の高級ホテルチェーン(リッツ・カールトン、フォーシーズンズホテル等)を誘致し、その知名度をレバレッジ効果によって世界中の富裕層インバウンドへのアプローチが容易にするのです。

豪商で栄えた睦月島だから、富裕層インバウンド誘致に相応しい土地柄かと思われます。

※外観は豪商の家屋を再現、内装はスタイリッシュなデザイン(イメージ/筆者撮影)

6.【新生「むづき荘」再生に向けて】

弊社が想定している富裕層インバウンドにとって、究極の旅とは旅の過程を大事にして、 体験を心に刻むことです。滞在客の中で、特に夫婦参加の場合は、その旅の体験を通して 人生の足跡を「同期化」することにより、夫婦の喜びや失敗も共有できるのです。

ゲストは、宿泊先での滞在生活の中に、人生の「物語」を潜在的に求めている傾向があります。思い出を心に刻みたいと思っている人たちなのです。富裕層インバウンドの旅には「人生の価値や感動を刻む」仕掛けが欠かせません。

その実現のためには、彼らのライフスタイルに最大限に配慮(顧客独自の世界観を知らずして、心配りはできない)をしつつ、宿泊客による旅行の”中心”に 「睦月島での滞在」という“舞台”を演出するのです。

そしてお仕着せの企画ではなく、多くの選択肢の中なら、彼らが 「気の向くまま」選べるだけの潤沢なメニューを満たす商品企画力が必要です。料理も愛媛の郷土料理や和食会席料理だけでなく、地の素材をベースにした世界三大料理(フランス料理、中華料理、トルコ料理)やイタリア料理なども作る柔軟性が富裕層インバウンドには求められるのです。このような多彩な食事の選択肢を提供することも必要です。

そこで新生「むづき荘」は再建は創業者が一人で土地を購入したり、スタッフの人材確保する個人プレーで再生するのではなく、睦月島島民や行政、国内外ホテルチェーン、民間デベロッパー、投資家、有志などとコラボレーションで一体化を図ることを目的とし、宿泊事業が継続が実現します。

そして睦月島に備わっているポテンシャル(潜在能力)や土地の文化や歴史、コミュニティー、食材などの「豊富な資源」を活用すれば、再び隆盛を蘇らせ愛媛県の観光経済に貢献できるかと思われます。

———————————————————————————————-

旅行手配の旅行会社様からのご依頼はこちら

旅行手配以外の官公庁及び法人様お問合せこちら

———————————————————————————————

富裕層インバウンドの本質

注目

富裕層インバウンド誘致で地域活性化

世界で一番富裕層の方々が多く存在するアメリカ・ビバリーヒルズから発祥、数字のデータ・統計や理論以上に実体験を重視して構築されたビジネススタイルです。近年日本ではアフターコロナということでインバウンドにかなり力を注いでます。

富裕層インバウンドにこだわる理由は訪日されたセレブリティがインフルエンサーになるのです。その究極のインフルエンサーとは国王や大統領などの要人です。

弊社が富裕層をインバウンドのターゲットとする理由について、観光消費額の平均単価が高いということはもちろんですが、それだけではありません。

旅行業界に限らず、富裕層の間で「良い」と認められたものはマス層(大衆)の憧れになる傾向があります。

このようなセレブリティに認められたブランド、そして流行したトレンドは「憧れ」となり、すべての人に影響・波及し得るのです。このように新しい価値観の醸成を促すことで、観光産業全体の押し上げを図ることも、富裕層インバウンド活性化への取り組みです。

日本政府観光局(JNTO)の調査によりますと、富裕層旅行者がひとりで一般旅行者の約9倍の経済効果が見込めるというデータが出ております。

成功事例として代表例が北海道ニセコ町、次いで洞爺湖や伊勢志摩など各国首脳陣によるサミットが掲げられます。ただサミットのような一過性のあるイベントだけではコンスタントに誘致することは難しいかと思われます。

現実問題として、首都圏や近畿圏以外の地方でのインバウンド事業が進まない原因と主に二つ掲げられます。

1.インフラの整備

最近のインフラの定義とは公共交通機関や電気、ガス、水道だけではなく、レストランやホテル、最近ではコーヒーショップもインフラの定義の一つとして世の中は捉えているのです。

近年、東京の地下鉄の改札の中にスターバックスなど大手コーヒーチェーンが入っていますね。とある地方都市でもJRの駅や道後温泉駅にもコーヒーショップチェーンが入っています。

東京から新幹線で約1時間の長野県軽井沢町は、19世紀末からの高原リゾート都市であり、歴史ある避暑地・別荘地として知られています。

「軽井沢」が繁栄している理由は、北陸新幹線停車駅設置や高速道路、高級ホテルやレストラン、スーパーなど首都圏に住んでいる富裕層に対してインフラが充実されているからだと思われます。

北陸新幹線が長野から石川県金沢市まで延伸された際、速達の新幹線「かがやき号」が全列車軽井沢駅を通過するニュースが流れた時、住民の方は軽井沢衰退の危機感を感じたとのことです。

町おこしや村おこしをすることはとても重要です。

しかし多くの人を誘致させるにはインフラの整備を行わない限りおしゃれなカフェを作ったし、ゆるキャラでアピールしても結局狭いパイの中の奪い合いにしか過ぎず、予算を大量にかけて投資しても本末転倒となりかねません。人口減少は日本全国的に起こっております。

2.海外旅行を含めた外国人と接する機会が少ない日本人の価値観を推し進める。

日本に来たなら寿司や刺身を食べなさいと外国人旅行者に強要する傾向があります。

一例としてトルコのサバサンドの付け合わせとして濃いピンク色した飲み物は「トゥルシュ」。トルコの街中やレストランで見かける色鮮やかな飲み物です。砂糖は使われずに大量の塩と酢で作られるので味はとても刺激的で好みがハッキリ分かれます。

トルコで食べられる酢漬けの野菜(ピクルス)なので、もちろん汁も飲みます。はじめはジュースと思っていたのですが、きゅうりやナス、セロリ等の野菜が入っています。

トルコに限ったことではないのですが、地域の名物料理を誰ものが受け入れられるはずがありません。

フランスでしたら「山羊のチーズ」など、味の好みがハッキリ分かれるものが存在します。

「どうしたら受け入れられるだろうか、、、」

富裕層含めてインバウンドに携わる以上、日本人はもっと海外で出て様々な創意工夫を積み重ねるのが本筋です。

本来なら富裕層含めてインバウンドに携わる以上、日本人はもっと海外で出て様々な創意工夫を積み重ねるのが本筋です。

ご存じのように歌劇やお祭りなどの様々な文化が充実し、日本産の食材も豊富。さらに日本語だけで夥しい文献や情報にもアクセスできるなど日本語や日本食ですべてが事足りて、わざわざ不便な海外に出ようとしないのが現状です。

特に日本の歴史と和食を強要している傾向があり、彼らの国籍や環境、価値観や考え方などライフスタイルを理解しないと事は進みません。

観光は経済に直結する分野です。

人との往来が増えることで、経済関係もより強くなることはご承知かと思われます。

富裕層インバウンドに成功を収めた海外企業の成功事例をもとに具現化に向けていく地方自治体様の一助となれば幸いです。

富裕層向けインバウンドコンサルティングに関するご相談はこちら

——————————————————————————————————————–

1.欧米の旅行マーケット

  1. 概要
  2. フロリダとラスベガスの違い
  3. 航空業界の規制緩和とクルーズ
  4. ハリウッドの新しい旅行スタイル
  5. 業界に革命を起こしたクルーズ
  6. クルーズ客船は洋上の都市
  7. 旅行決済システムの簡素化
  8. アメリカクルーズ事情
  9. イギリスのクルーズ市場

2.投資家旅行家・パーマネントトラベラーの視点

  1. 旅行需要の回復に向けて
  2. 富裕層インバウンド方向性
  3. ラグジュアリートラベラーが求めるもの
  4. ウェルネスは富裕層インバウンドの理想

3.富裕層ビジネスのオピニオンリーダー「ザ・リッツ・カールトン」

  1. ザ・リッツ・カールトンとクリスタルクルーズの共通点
  2. リッツ・カールトンヨット処女航海
  3. ザ・リッツ・カールトンヨットコレクションがデビュー

4.日本食を全世界に広めたセレブリティ「NOBU」

  1. ユダヤ人富裕層に不評の日本食を改善
  2. 船上日本食レストランへの挑戦
  3. 和食のカリスマ「NOBU」を船上に
  4. 世界のNOBUの味が洋上で味わえる

5.ラグジュアリークルーズは富裕層インバウンド事業の要

  1. ラグジュアリークルーズとは
  2. クルーズの本質
  3. クリスタルクルーズに注目する理由
  4. 世界で通用するクルーズ会社を構築
  5. ユダヤ系富裕層の乗客との出会い
  6. クルーズ業界の評論家の見解
  7. 日米クルーズ価値観の相違
  8. ゲストのライフスタイル
  9. 難関米国ラグジュアリーマーケット
  10. ラグジュアリークルーズの世界基準
  11. ラグジュアリークルーズの黄金律.1
  12. ラグジュアリークルーズの黄金律.2
  13. クルーズの主役はゲスト
  14. クリスタルクルーズの幕開け
  15. 完璧な船上環境を目指して
  16. ゲストとクルーの相性が肝心
  17. クルーズ客船事業は社会心理学
  18. リピータービジネスを支えるクルー
  19. 世界最高「ファイブスター・プラス」獲得
  20. 企業の永続的な成功をもたらす7つの方法
  21. ラグジュアリークルーズの最高級ブランド.1
  22. ラグジュアリークルーズの最高級ブランド.2
  23. クルーズの究極の在り方9か条
  24. クルーズ客船事業は社会心理学
  25. ブランド創りと同業他社との差別化
  26. ーケットに聞く最適人材の相性とは
  27. ラグジュアリークルーズに対する日本人のバイアス

———————————————————————————————-

旅行手配の旅行会社様からのご依頼はこちら

旅行手配以外の官公庁及び法人様お問合せこちら

———————————————————————————————

ミシュラン三ツ星「ミッシェルブラス」in 北海道

孤高の料理人とも呼ばれるミッシェル・ブラスの世界。

コロナ禍前まで北海道ウインザーホテル洞爺にフランス国外の唯一の支店であったフランス内陸部オーブラック地方ライオール村に店を構える「ミシェル・ブラス」の料理をご紹介します。

自然豊かなこの村から生まれた料理は、フランス料理の世界でも非常に高い評価を得ています。その唯一の支店が、この日本の中でも豊かな自然を有する北海道の洞爺湖にありました。

ライオールオリジナルのカトラリーはずっしりと重いです。食べている途中はお皿にフランス語で書かれたメッセージが添えられています。スタッフの方が説明してくれます。

ミシェルブラスはソムリエナイフで有名なライオール村の出身。

ライオール村では、ナイフは一生に一本、質の良いナイフを子どもの頃から手入れを行い、一生使い続けるのだそうです。

そのライオール村でのしきたりとして、「マイナイフ」を持ち、それを生涯大事に使い続けるという伝統があるそうです。

ライオール村にある本店でもナイフ1本だけは全ての料理最後まで使い通します。

その伝統に従って「ナイフだけは最後まで使って頂けませんか?」とサービスされる方がおっしゃってました。

食べ終わったときに、「ナイフはパンでぬぐってください」と。ファークやスプーンはその都度替えてくれます。

ミッシェルブラスのフランス本店にあるオーブラック高原のハーブ「シストル」。ミシェルブラスのシンボルマークがバターにもあります。

【アミューズ】 1品目。コックームイエット。ミシェル・ブラス氏が子供の頃、母親が作ってくれた丁度よい湯で加減の半熟卵を食べるのが素朴な楽しみだったと詳しく書かれたエッセイが渡されます。粋な演出です。

2皿目がセップ茸のタルト、3品目は蝦夷鹿のコンソメのジュレなど一口ずつスプーンに盛られた色鮮やかな前菜です。

北海道グリーンアスパラのロースト、ハーブと卵のヴィネグレット、ゴマ塩、洞爺湖周辺の農家で採れた野菜。

ウド&ホッキ貝のポワレ、ニンニクのコンフィ&ピマンデスプレットで香りをつけて:”アイゴブリドー”のエミュルシオン、クルミオイル。

魚介料理として、ブルゴーニュ産エスカルゴのファルシ。ペティオニオンのポワレ、生ハムオイルとシブレット。春巻き見立ての料理ですが、中にはぎっしりとエスカルゴが入っていました。

メインディッシュの肉料理は知床から来た:鶏の胸肉、ナスとオレンジのピューレ。

「アリゴ」という目の前で、チーズとジャガイモをこねて伸ばしたライオール地方の郷土料理。元々はオーブラック地方の修道院が巡礼者にふるまった食べ物というのが始まりとのこと。ジャガイモのピュレと牛乳とバターとニンニクを加えて練り、糸を引くような状態に仕上げたものです。

チーズの盛り合わせ。ミシェル・ブラスの地元であるフランス産チーズが揃えられ、この中から好きなものを好きなだけ取り分けていただけます。

デザートはチョコレートムースとシャーベット。締めにエスプレッソ。

ミッシェルブラスのディナーを堪能し、翌日の朝はシャンパンブレックファーストです。朝からシャンパンなんて贅沢な気分にさせられます。

ミッシェルブラスでは食事だけでも最低3時間かかりますのでゆとりあるスケジュールでご来店されることをお勧めします。実際、私たち夫婦は19時に入店し、24時半までおりました。食事が済んだあとソムリエの方の計らいで「ミッシェルブラス」のワインセラーを見学させていただきました。まるでワインが眠っている冷蔵された倉庫みたいでした。ちなみにディナーの場合、ワイン込みでひとり40,000円程度の予算でした。

印象としては極めて個性的な料理と伺えます。万人受けではなく、玄人向けと言った感じでしょうか。

Michel Bras Toya Japon HPより

あいにくザ・ウィンザーホテル洞爺リゾート&スパでのフランス料理「ミシェル・ブラス トーヤ ジャポン」は契約期間満了に伴い2020年4月30日(木)で閉店しましたので、今後はフランスの本店まで出向いて試してみたいと思います。

ザ・リッツ・カールトンヨットコレクションの究極のダイニング

ザ・リッツ・カールトンヨットコレクション「エブリマ」号の船内プライベートダイニング「S.E.A」では、「ザ・リッツ・カールトン・ウォルフスブルク」の3つ星レストラン「Aqua(アクア)」の料理長スヴェン・エルバーフェルド氏のレストランで乗船客の食事を提供します。

「ザ・リッツ・カールトン・ウォルフスブルク」があるヴォルフスブルクは、ドイツ北部に位置する自動車産業で有名な街です。

2000年にフォルクスワーゲン本社工場に隣接した体験型テーマパーク「アウトシュタット(自動車の街)」がオープンして以来、観光地としても人気になっています。

このテーマパークの敷地内にある「ザ・リッツ・カールトン・ウォルフスブルク」内のミシュラン3つ星のレストラン「Aqua(アクア)」があります。

※実際の航海で提供される料理はもちろん異なりますので、あくまでもイメージということをお伝えしておきます

【ビーフソテーと豆類】
シンプルかつ人気ある牛肉料理です。

【ポークチョップと海老や蟹のマヨネーズ和え】
ケチャップ以外で味付けした豚肉のソテー。通常マデラ酒を煮詰めて作るマデラソースをかけて食べるとされ、肉厚の豚肉を使用する場合はオーブンでじっくりと焼きあげます・さらにえびやかになどの甲殻類と合わせてたマヨネーズ和えにします。

【クレソンの緑と卵の黄が鮮やかな、にんにくを効かせたエスカルゴ】
世界のトップレベルと名高い同レストランを率いるのは、「スヴェン・ エルヴァーフェルド氏。彼の現代アートの美術館を思わせるアヴァンギャルドな料理の世界を堪能できます。
皿の上でのコントラストを大切にしているというシェフは、異なる食感や異なる温度を一皿の上でみごとに調和させます。

【ビーフタルタル・ボルシチ風味】
ドーム型のサワークリームとビートのスープを合わせた「ビーフタルタル・ア・ラ・ボルシチ」は、温度のコントラストが感じられる一品です。

アミューズは「スナック&クリスピーロール」と「スープショット&スプーンテイスティング」はシェフ独自のスタイルで、自らデザインしたという器で出されます。

【ミネラル鳩胸肉、トウモロコシとバターミルク添え】日本では「鳩」をいただくことに抵抗を感じる方も少なくないのですが、シビエとして提供される鳩肉は一瞬、上質な牛肉を思わせる色合いです。実際に食べて見ると脂肪が少なくコクのある味わいです。

【アカザエビと木炭でグリルした子豚バラ肉のグリル】アカザエビと木炭でグリルした子豚バラ肉のグリルの風味に、バルサミコと醤油、マスタード、オリーブオイルから作られたソースとトマトで甘酸っぱさを添えるという絶妙さ。

【フォアグラとマグロのポン酢和え】
この一皿は日本人にはうってつけの逸品だと思われます。

【サーモンのグリルとキャビア】
サーモンのグリルにキャビアやコールラビ(和名:カブランカン)やスイバ(日本ではイタドリの仲間)が付け合わせに盛られています。

【ドイツ風舌平目のムニエル】あっさりとしながらもボリューミーな舌平目です。

【トマト、ライム、、バジルのディップ】
パンにバターを塗るような感覚で美味しくいただけます。

【仔牛のワイン煮込み】
ビーフシチューのようにじっくり煮込んだ仔牛の肉の上にトリュフをたっぷりかけます。
とても贅沢な逸品です。

【フォアグラとハイビスカスのフルムダンベール】フルムダンベールとはフランス中南部の山岳地帯オーヴェルニュ地方のチーズで、酪農家たちから「高貴な青カビ」と呼ばれています。フォレ山脈の東側と西側の2つの町で同じチーズが作られていて、西側斜面で作られたものがフルム・ダンベール、東側斜面で作られたものがフルム・ド・モンブリゾンと呼ばれています。

外見は直径13cm、高さ20cmの背が高い円筒形という珍しい形が特徴的です。
表皮はやや乾燥していて、白や赤みがかったカビが見られます。

青カビタイプ独特の刺激やコクがありますが、見た目の青カビの多さに比べるとマイルドな味わいです。食べやすい青カビタイプの代表格と言ってもいいでしょう。

日本でも定番と言っていいほど見かけるようになりました。フォアグラとの濃厚さがワイングラスをついつい傾けたくなります。

味が濃厚なので、キンキンに冷えた白ワインとの相性も良いでしょう。

【きゅうりと生姜のヨーグルトムース】
あっさりしたきゅうりと生姜の風味とヨーグルトのまったりした食感。
こちらも白ワインのおつまみとして相性バッチリです。

【フランスリムジン産仔羊肉のソテー】
リムジン種はフランス原産の牛です。体毛は赤褐色に覆われ、角がない「無角種」と角がある「有角種」が存在します。非常に筋肉質な牛で、脂肪分が少ないのが特徴。

そのため、肉質が硬かったり、サッパリ・あっさりした味を想像する方も多いのではないでしょうか。しかしリムジン種の肉質はとても柔らかいと言われています。

「脂肪が少ないのに柔らかいお肉」ということです。

【スモールサラダ】
見た目の通り、少量のサラダですが、ブーケを思わせる遊び感覚が溢れています。

【イカのカレー風味、アンチョビ添え】
イカをメインとしたシーフード料理。スパイシーな香りが食欲をそそります。

【とうもろこしのサラダ】
とうもろこしをムース状に仕上げた冷製の前菜です。

【ホタテとキウイ、インペリアルキャビア添え】
生のホタテにナタネやキュウリ、キウイそして上質なキャビアを添えた一品です。

【アスパラのロースト、ハーブと卵のヴィネグレット】
ローストしたアスパラガスにメレンゲのように泡だててアクセントを加えます。

【煮込みポーク】
煮込んだ豚肉と暖かいノルウェーのナスのロブスター。そして付け合わせは発酵させたニンジンに甲殻類のマヨネーズとコリアンダー、そしてショウガのソース。モダンヨーロピアンはアジアの味覚も積極的に取り入れています。

【サバのグリル・ハーブマヨネーズ】
グリルした鯖にハーブたっぷりなマヨネーズソースでいただきます。

【チョコレートの盛り合わせ】
様々な一口サイズのチョコレートがお楽しみいただけます。

【シャンペンシャーベット】
グラニテとして、魚料理をいただいた後のお口直しとしてはうってつけです。

「サンペリグリノ世界のベストレストラン50」にも選ばれるなど、世界のトップレベルと名高い「ザ・リッツ・カールトン・ウォルフスブルク」の3つ星レストラン「Aqua(アクア)」

新しい形のドイツキュイジーヌの立役者といわれるスヴェン・エルバーフェルド氏の料理は、楽しい驚きに満ちていて、コースの最初から最後までゲストを味覚で楽しませます。

ザ・リッツカールトンヨットコレクションでの旅先や忘れられない体験、比類なき旅程を探し求めましょう。@RitzCarltonYachtCollection.———————————————————————————————-

旅行手配の旅行会社様からのご依頼はこちら

旅行手配以外の官公庁及び法人様お問合せこちら

———————————————————————————————

【クリスタル・シンフォニー】船上の本格和食レストラン

スペシャルティーレストラン『シルクロード&寿司バー』

NOBUこと松久信幸氏プロデュースの創作和食や寿司をお楽しみいただけます。

日本料理をベースに南米やヨーロッパのさまざまな料理の要素を取り入れた、新感覚の創作和食や、新鮮な素材にこだわった寿司をご堪能いただけます。

NOBU(松久信幸氏)略歴
アメリカの雑誌「フード・アンド・ワイン」で全米ベストシェフ10 人に選ばれるなど、
世界的に高い評価を得ているシェフ。

日本料理にユニークなアイデアを盛り込んだ独創的な料理を手がけ、日本をはじめ、アメリカ、イギリス、フランス、香港など世界中に店舗を展開しています。

ニューヨークで大人気のノブ・マツヒサ氏による、創作日本料理が世界中の洋上で気軽にいただけます。お寿司などの純粋日本料理の味は折り紙つきで、そのためにとても人気があります。

今回は「クリスタル・シンフォニー」の「NOBU」プロデュース創作和食レストランをご紹介します。

上の写真は英語メニューですが、オーダーすれば日本語のメニューも持ってきてくれます。

内装はむらさきを基調とし、かなり落ち着いた雰囲気です。

カウンター席は予約なしでOKですが、先着順ですので、開店と同時に満席になります。

特に日本人乗船客が多いと、予約を取るのが困難です。

乗船日初日から満席でした。

このNOBUの人気ぶりが日本人よりも欧米人からの支持が強いということがわかります。

それではさっそくオーダーしました。

まぐろのたたきサラダ・マツヒサ風ドレッシング添え

NOBU定番料理のひとつ、シーフードのセビーチェ(南米風酢の物)です。

「酢の物」というよりもレモンの酸味とハラペーニョの辛味がやみつきになりそうです。

サーモンとほたて貝のニュースタイルサシミ

お刺身が苦手なアメリカ人になんとか日本の刺身を美味しく召し上がっていただきたいというNOBUさんのアイデア料理です。

いまやNOBUの超人気メニューのひとつです。

しめじの味噌汁
お味は本格派。もちろん日本人の口にも合います。

メインディッシュのロブスターの柚子ソース炒め
ローカロリメニューですので、ダイエットを気になさる方にも自信を持ってお勧めします。

銀だらの西京焼き、山もも添え。

山ももは静岡県伊豆地方から取り寄せるそうです。
NOBUレストランのオーナでもあるハリウッドスター、ロバート・デ・ニーロ氏もお気に入りの一品です。

大トロのにぎりすしです。日本人シェフが握りました。

海老の天ぷらクリーミースパイシーソース。

つまり天ぷらのマヨネーズ和えです。欧米人が好き好んで注文をします。

最後の締めはシメサバのにぎり寿司です。

デザートはシトラスカスタードプリン。

緑茶と一緒にいただきました。

まん中はチョコレート、右はゴマの甘いおせんべい。和のプチフールみたいです。

その後、航海日の半分はこの和食レストランに通うことになります。

メインダイニングでのお食事前に、軽く寿司をつまんだり、ディナー後の二次会的な役割でまるで「居酒屋」感覚で利用できます。

———————————————————————————————-

旅行手配の旅行会社様からのご依頼はこちら

旅行手配以外の官公庁及び法人様お問合せこちら

———————————————————————————————

ワインが主役のレストラン「ビンテージルーム」

ラグジュアリークラス客船「クリスタル・セレニティ」(Crystal Serenity 68,000t)には世界中から選りすぐったワインの数々をゲストにより親しんでいただくために作られたワインが主役のレストラン「ビンテージルーム」(Vintage Room)があります。

ソムリエが選んだ6種類のワインとそれに見合った料理を総料理長が特別に用意されます。それではヴィンテージルームに揃っているワインの一部をご紹介します。

ブルゴーニュの宝石ドメーヌ・ド・ラ・ロマネ・コンティ リシュブール[1995](RICHE BOURG) 1995

ワイン愛飲家の間でこの名を知らない方はいないでしょう。その香りは『百の花を集めてきたような』と形容されるほど。味わいはフルボディーで、木苺、スパイス、トリュフの香り。

信じがたいような華やかさと官能的なまでの艶やかさが産まれます。口当たりはなめらかで、ビロードのような舌触りが残ります。

シャトー ディケム( Chateau d’Yquem ) 1999

世界最高の極甘口白ワインである貴腐ワインです。生産地はフランスのアキテーヌ地方ジロンド県ソーテルヌ村です。よいヴィンテージのものは熟成に二十年以上かかるとされ、1855年パリの万国博覧会の際、ジロンド県産白ワイン部門の格付けで、これを凌ぐものはない最高級品ということで唯一「特別1級」に指定されています。

シャトー・シュヴァル・ブラン(Chateau Cheval Blanc)1993

ボルドー最高峰のひとつでサンテミリオンが誇る最も偉大なワインのひとつです。サンテミリオン第一特別級(A)の飲み頃21年熟成。しかもアロマのワインと言われる1993年ものです。

2010年のオークションで304,375ドル(日本円に換算して約3,400万円)の値を付け、「ボルドーワインの価格の記録を更新した」とか。「ボルドーワインをひとつ選ぶなら“これ”と言う人も少なくない」と大絶賛のワインです。是非一度お試しください。

———————————————————————————————-

旅行手配の旅行会社様からのご依頼はこちら

旅行手配以外の官公庁及び法人様お問合せこちら

———————————————————————————————

エミレーツ航空 クルーズ業界に参入

2023年4月1日、アラブ首長国連邦、ドバイ – 航空会社の中でもQE2と呼ばれ、空と陸での豪華なサービスで世界中の多くの人々に愛されているエミレーツ航空が、新たに立ち上げた海上部門、エミレーツ・シーラインで7つの海を航海することになりました。

幸運なシップスポッターやクルーズ愛好家たちは、本日未明にドバイのパーム・ジュメイラ周辺を堂々と航行するファーストライナーの初海域試験を実施されました。

エミレーツ・シーラインは、めったに見ることのできない寄港地を巡りながら、クルーザーに最高級の、これまでにない体験を約束します。エミレーツ・シーライン社は、数十億ドル規模の大型クルーズ船10隻を発注し、現在、最新かつ最高の設備を導入しています。

エミレーツ・シーラインは、クルーズ業界における大きなギャップを認識し、慣習にとらわれず、従来の季節にとらわれないクルーズ・カレンダーを提供する予定です。最初のクルーズは2024年4月1日にドバイ港から出発する予定で、カラチが初寄港地となります(1985年10月の航空会社の初飛行にちなんでいます)。

旅程と予約は6月31日から開始されます。エミレーツ・シーラインの客船は、航空会社の巨大なネットワークに支えられ、アメリカからニュージーランドまで、主要なクルーズ港に停泊する予定です。

エミレーツ・シーラインの舵取り役として新たに任命されたチーフ・マリタイム・オフィサー、ジャック・シャロー船長は次のように述べています: 「エミレーツ航空は、ドバイのパワーボートレース、エミレーツ・チーム・ニュージーランドや、最近ではエミレーツ・グレート・ブリテン・セイルGPチームと関わりを持っており、海を身近に感じることができる存在です。世界中の都市が課題に係留されたままであるのに対し、ドバイは想像を絶するノットでスムーズに航海しており、クルーズやその他のマルチモーダル交通インフラも優れています。

“テクノロジー、AI、イノベーションを駆使した次世代クルーズ船の開発により、都市のペースを反映し、現在最速のクルーズ船のほぼ2倍となる時速50ノット以上で航行することができます。エミレーツ・シーラインは、船上での夢のような豪華さ、これまでにない旅程、一生に一度の体験を提供することに取り組んでいます。お客様との約束を確実に果たすために、私たちは厳正な運営を行います。現在、チームは総出で就航に向けた準備を進めています」。

エミレーツ・シーラインは、持続可能な海上燃料(SMF)、ソーラーパネル、リサイクル、廃棄物管理についてベンダーと協力し、海上での持続可能性に関して業界のペースを握ることになります。

エミレーツ航空のグローバルネットワークからドバイに到着した乗客は、DXBからドバイハーバーまで特注の電気自動車で移動し、船内の豪華なキャビンに案内され、空と海のシームレスな旅ができます。

船内には4種類のキャビンが用意され、様々なタイプのスペース、アメニティ、ラグジュアリーを提供します。商品・サービスの詳細については、今後発表される可能性があります。

エミレーツ・シーラインは今後数ヶ月の間に、多様なスキルと専門知識を持つ数千人の船員やスペシャリストを採用し、運航管理、航空会社ならではのおもてなしでお客様にサービスを提供し、ネットワーク全体の経済性をサポートする予定です。

アメリカマーケット調査による最適人材の相性とは

クリスタル・セレニティの寿司バー。シェフとの話のやり取りが楽しい

新生クルーズ会社として、多国籍乗組員を採用する前にこれから参入するクルーズ事業の基本は、ホスピタリティありきでした。

その基本には先見性にもとづいた配慮を必要として、それを提供するための人的資源の担当の確保が、新会社の組織の維持と評価にとって、極めて重要な要因と理解していたのです。

当時、新会社クリスタル・クルーズの船上滞在環境の構築には、乗組員は重要な人的資源であるとの位置付けで有り、彼らが安心してその 経験や能力を発揮するためには、公平な評価基準を経営者側と共有する必要があると考えたのです。

サービス業のクオリティに配慮をしてラグジュアリーな旅行商品を追求する新会社クリスタル・クルーズの経営の基本に、人材は資本財的性格に重点を置きつつ乗組員の労働環境がよければ、彼らの魅力に惹かれたクルーズゲストがリピーターとなり、大きな核になる客層を形成したのはすでに実証されていたのです。

それがクルーズ会社の経営と発展を支えるという構図を描いていたのです。乗組員こそクルーズ船客に最も近いところにいるクリスタル・クルーズにおけるサービス哲学の「伝道師」でした。

彼らが日常の業務で満足度が高 ければ、クルーズ船客にも感動を与える良い環境が出来上がり、結果として、彼らの「満足度」を高めることになるのです。

快適なサービスを提供する為に、現場における明確なエンパワーメント(権限付与)が乗組員をして、目先の人事権を持つ社内の上司ではなく、会社における自分の役割に向けられると雇用の確認が人材の能力を鼓舞し続け、顧客に受け入れられ、クリスタル・クルーズ社に対して忠誠心の高いリビーター組織「クリスタル・ファミリー」の輪を広げる事になったのです。

クルーズ客船がターゲットとしている客層の文化的な価値観とか、生活体験から来ている価値観に基づいている限り、多国籍船員(従業員)の持つ多様性は、新たな刺激を与え、船客との接点にいる人材の能力を最大限に発揮できるような組織が求められていたのです。

50 カ国 500 人を越えるスケール(一隻あたりの乗組員)は、期間雇用契約に基づく期間雇用であるけれども、会社としての確たる雇用条件が、彼らの仕事をする喜びや忠誠心を生むものとなるものです。

クルーズ事業の基本は、「ブランドを創る事業」であり、その計画の第 1 ステージ (新造船就航までの期間)では、ブランド価値を連想させる仕掛け、一例としてロゴマークのデザインなどはすでに手を打っていたのです。

さらに旅行商品の視点から他のクルーズ客船会社とクリスタル・クルーズは違うということをマーケットや将来のクルーズ船客にアピールしなければならなかったのです。その差別化の理由も説明しなくてはならなかったのです。

マーケットへの的確なサインを送る為には、クルーズ客船建造計画や そのプロセスの開示といったコミュニケーション戦略が重要な役割を果たしていたのです。

その過程で、これから採用する新会社の人材の持つ評価やそれに加えて「ブランド 活性化戦略の策 定」過程における旅行代理店など販売網の参画を推し進めるのが良 いとの判断であった。

アメリカのクルーズ市場におけるブランド認知戦略にあたって、アメリカのクルーズ・マーケットにおいては、サービス・プロバイダーの主観ではなく、船客層に最も近いマーケット、旅行代理店などデストリ ビューション・システムや乗船主導型で動いていると各種の調査などで理解していたのです。

従って、難問にぶち当たっときは常に最優先項目マーケットに聞く体制の構築だと考えていたようです。主観的な、思い違いなどを起こしやすい提供者価値ではなく、客観的な受益者価値の理解が必要でした。

船が就航していない 2 年間という圧倒的に不利な条件の中、ブランド構築をするには、そのプロセスにおいて絞り込んだ客層や、彼らを主たるクルーズ船客として抱える旅行代理店にはこのプロジェクトに参画を促し、積極的に「フォーカスグループ・マーケティング」の投入など検証システムを駆使。時には軌道修正もしながら、 船上の滞在環境のプログラムの開発設計をしていったのです。

そこでは、人間的な要因を前面に出したより真似されにくいサービスシステムや船上組織のデフェレンシェーションでマーケットに訴えるのが良いとの方向で固まったのです。サービスや船上組織などソフトは人的な要因が強く真似されにくいのです。

サービス面での差別化こそクリスタル・クルーズの生命線でしたので、マーケットのニーズを先取り。クルーズ船客が中心に居る滞在環境を新会社の核にすることをひたすら試行錯誤し、船上プロダクトに関して下記の面から更なる検証を行う事とした。

1・ クルーズ船客と乗組員とが織り成すクルーズ経験価値。

2・船上での人間関係での優位性は(サービスを提供する側と受ける側の相性。

3・ 滞在生活上の安心感。ホテル部門における欧州ホテルスタッフの起用。

4・ 優秀な乗組員の確保の為には彼らの居住空間に充分な配慮満足度)。

5・ スタッフの能力の「予見力」啓発システムの構築。

6・宿泊・滞在価値を高める為に自前のプロダクションショーと食事に付いては豊富なメニューや複数のレストランなどの積極的な運用。

7・ 現場への権限を大幅に委譲して現場で問題を迅􏰁に処理できる体制の確立。

1988 年半ばには、この様な検証をもとに、既に船上における商品企画)が検討されていた。 この時期、マーケットに対して、アメリカのラグジュアリー・クルーズの世界で

「なぜ、クリスタル・クルーズが必要なのか?」

の答えには、旅行代理店や将来のクルーズ船客などに意見聴取なのです。

最上のサー ビスを実現するためには、競合他社のプロダクトのみならず、積極的に陸上のリゾートホテルなどのサービスも導入し、快適な船上生活体験環境の導入を目指したのです。クルーズ船客の居住空間の充実や部屋の大きさ等にも配慮したのです。

「なぜ、クリスタル・クルーズを勧めるのか?」

このような動機付けの模索も始めたのです。

旅行代理店の要望を絞り込んで販売しやすいプロダクトを構築。これは旅行代理店のフレンドリーさを強調したものです。そしてゲストに対する再検証により、マーケットを更に再び絞り 込む作業に力点が置かれたました。

覆面調査・フォーカスグループなどの分析を駆使したマーケットの絞込みによる と、当時の我々 日本人から見た統計では、最も憧れと親しみがもてるアメリカ人であっても、この様な調査を通して立場が変わるとその見方も違う事を知らされたのです。

本音と建前の違いもありますが、当時アジア人やアジアの文化などに最も遠いアメリカ人とも言えるユダヤ系アメリカ人マーケットでは、 一般のアメリカ人とは異なった反応があったのです。

彼らの多くは日本に対して特別好意的というわけでもなく、今でも真珠湾攻撃や太平洋に関わる戦争が製作されると、大きな ニュース(特に12 月 7 日は太平洋戦争記念日としてニュースで真珠湾攻撃の映像がアメリカでは終日流れる)として報道されている現実から、ユニフォーム姿の日本人には違和感を持っている人たちが多いことが見受けられるのです。

好き嫌いという感情ではなく、日本人乗組員のユニフォーム姿には、彼らがドイツ・ナチスに対 して抱くのと同様な異質な民族感情が存在しているのではないか、といった側面からの調査を行 なうことも怠らなかったようです。このような感情が、ドイツ船「オイローパ」などはアメリカの旅行代理店や船客の離反感情を生み、アメリカ人船客は皆無に近いと言われていたのです。

つまりアメリカの市場を把握できなかった結果でもあると伺えるのです。各客層の旅行動向を的確につかむ努力が重要であり、主要客層であるユダヤ人社会を徹底的に知り尽くすことで、彼らが望まないクルーズ商品を創らない努力も必要であったのです。

その後も、いろいろな局面で、ユダヤ系船客への反応には充分配慮をする必要が生じた。

2003 年 のイラク戦争では、ユダヤ系政治圧力やクリスタル・クルーズなどラグジュアリー・クルーズ客船の主流でもあるユダヤ系クルーズ船客のフランスに対する歴史認識や感情などが、徹底的にイラク寄りのフランスを悪者にした。

その状況下での第三船「クリスタル・ セレニティ」の就航では、造船所の代替えは出来ないが、女優ジュリー・アンドリュースをゴッド・マザーとした命名式を、イギリスに移し、その後の同船の地中海就航時も、カンヌやニースなどの南フランスの寄港を回避した模様です。

これも「マーケットに聞く」姿勢を保った調査の結果でした。

——————————————————————————————-

さまざまな成功事例を踏まえて創業者の30年以上の集大成のため情報量が膨大です。時間がなく早めにご自身のビジネスを具現化をされたい方以下からお問合せください。

旅行手配の旅行会社様からのご依頼はこちら

旅行手配以外の官公庁及び法人様お問合せこちら

———————————————————————————————

ブランド構築と差別化

クリスタル・セレニティ(68,000トン)でのウェルカムパーティー

これから誕生するラグジュアリー・クルーズ客船会社にとって、この業界で成功を収め生き残る 為には、既存のクルーズ客船社との違い、すなわち、既存の会社の 真似をするのではなく、多くの革新的発想を取り入れて、その違いを差別化し、独自性の主張が重要でした。

新会社は、既存社の模倣ではなく、新しいコンセプトを至る所にちりばめたプロダクトにする必要があったのです。同業他社の真似をするだけでは、新規事業は、存在の意味を薄めることとなるのです。他社と違うことを実行しなくてはいけないのでした。

新􏰀船を建造するにあたっては、ハード(船)面に関しては、比較の対象とする具体的な「モノ」(この場合は客船) があったので基本的な方向付けや各種の技術革新の導入は、 新造船の設計段階から織り込み済みでした。

しかし、客船を基準にした差別化には限界があることも知っていたのです。新造船の多くの技術革新や構想も、この新造船が世の中に出る頃には、他の会社の新造船に真似され、造船所自体がその新しい技術を次の船に応用しようとする新造船(クリスタル・ハーモニー:現「飛鳥Ⅱ)のベランダ比率がマーケットで評判になるとすぐ、 他のクルーズ客船社も同じようなコンセプトの新造船を建造して北のです。ハード面における差別化は、クルーズ事業のような、ライフスタイルやファッション指向の強い旅行商品には持続性に欠け、すぐ飽きがくるのです。

そこで既存会社との差別化において、勝負は船上における「ソフトの中身やサービスなどを含めた滞在環境が全て。斬新にして温かみのある仕掛けを作ることが、この成功への鍵で有ると考えたのです。

クルーズ船客は、クルーズ旅行に、船上で の出来事、旅の持つ「プロセス =過程」に感動する。したがって、クルーズ船客自身が主役となるような船上生活を演出する必要があると考えたのです。

船上におけるサービスやソーシャルな環境のシステムを、いかに構築するかという新しい挑戦が始まったのです。

新しいクルーズ客船会社の船客にとって、快適な船上滞在環境を演出する為には 「顧客が何を望むか」を常に考える必要でした。

新しいクルーズ客船会社としてのビジネスモデルの構築を実現する ために、各種の調査を通して、ネガティブな要因を出きるだけ取り除き、彼らのライフス タイルを先取りする事に焦点を当てるようにすべく、基本的な考え方を整理していたのです。コンテンツやサービ スなどのソフト面では、トレーニングやマニュアルの質の向上を実現。船上でのサービスに加え、既存会社には無い「人との出会いやエンターティメント的要素が重要です。

その人間関係の織り成す要素をより重要視し、「クルーズ船客同士か、乗組員とのコミュニケーションの機会を多くすることで、既存のラグジュアリー・クルーズやそのコンセプトを超えることが大きな課題でした。 差別化を中心に置き、船上で出会う人の持つ能力とそのケミストリー(相性)を置くことなのです。

このクルーズ事業でもっとも大事な船上での滞在環境の構築には、オーナー側知識がほとんどなかったのです。その船上ソフトの構築や他社との差別化戦略には、この新事業に参画してきたフライデンバ ーグ副社長(当時)他、ロイヤル・バイキングクルーズ社出身者の経験などが非常に貴重でした。

彼らは、 仮想競争相手となるロイヤル・バ イキング社の客層と船上のプロダクトに精通している強みがあったのです。当時のクリスタルクルーズ社は彼らの経験と新鮮なイメージを融合させて、マーケットにインパクトを与えなければならなかったのです。その既存のクルーズ会社を熟知している彼らの経験を元に、米国クルーズ業界新参者としてこの業界に参入する新しいクルーズ客船会社は、ロイヤル・バイキング社 などの既存社との違いを明確にしておくことが必要だったのです。

セールス面で見ても、他社船に乗っているクルーズ船客の誘客も大事であるが、これから 創る会社の核になるクルーズ客層を確立するためには、この差別化の確立により、 新会社独自の客層を創出し、将来、囲い込むこと。そしてリピーターから、クリスタル・クルーズ社に対して忠誠心の高いファミリーメンバーにすることが、より重要であると考えたのです。

その実現のためには主要客層と定めたマーケットに対してサービス提供者としての”主観”を横に置き、忠実に「サービスの受益者であるマーケットに聞く」姿勢を徹底し、耳を傾け、既存会社にありがちな先入観を払拭しながら、彼ら のニーズを先取りするという事が重要であった。そのニーズこそ、忠誠心の高い顧客のライフスタイルなのです。そのライフスタイルに耐えうるような、クルーズ船客同士や乗組員等との生活体験環境を提供し、その中で船上での人間が織り成すケミストリー(相性)が「命」なのです。

このクルーズ事業を検討している時、投資者側から、船上のホテル部門は洋上のホテルみたいなものだろうから、日本の既存の有名ホテル(例えばホテル・オークラなど)との提携してはどうかと言う選択肢も提示されたのですが陸上のホテルとは大きな違いがあったのです。

議論もあったが、アメリカの現地会 社としては、この意見には全く納得できなかった。一方、陸上のホテルなどの場台、立地場所がその性格を決めるのです。その多くは、宿泊と食事+そして宴会等で構成され、ホテルの滞在客よりも通過客も多く、その舞台裏はクルーズ客船と全く異なっているのです。

陸上のホテルは、食材なども、その周辺環境の中で調達もできます。その点、クルーズ客船は長期滞在する旅行者に、寄港地観光と船上の滞在型のサービスを提供することを基本とする以上、船で移動中といえども船上で滞在中の食材などの調達は世界各地から取り寄せる体制となっているのです。

クルーズ船客にとっては、「宿泊や食事 、そして娯楽施設や会合機能を中心とし、全てが船上で完結するのです。たとえば、食事の提供も、船上で生活 する全てのクルーズ船客に、日替わり,時間替りの多彩なア・ラ・カルト・メニューで、 ク ルーズ船客を飽きさせない体勢が必須であるが、陸のホテルの宿泊客が、ホテルのレストランで何時も食事をする訳でもないのです。

彼らには、外食の選択肢もあります。またサービスを提供する雇用事情も大きく異なっていたのでした。

——————————————————————————————-

旅行手配の旅行会社様からのご依頼はこちら

旅行手配以外の官公庁及び法人様お問合せこちら

———————————————————————————————