ミシュラン三ツ星「ミッシェルブラス」in 北海道

孤高の料理人とも呼ばれるミッシェル・ブラスの世界。

コロナ禍前まで北海道ウインザーホテル洞爺にフランス国外の唯一の支店であったフランス内陸部オーブラック地方ライオール村に店を構える「ミシェル・ブラス」の料理をご紹介します。

自然豊かなこの村から生まれた料理は、フランス料理の世界でも非常に高い評価を得ています。その唯一の支店が、この日本の中でも豊かな自然を有する北海道の洞爺湖にありました。

ライオールオリジナルのカトラリーはずっしりと重いです。食べている途中はお皿にフランス語で書かれたメッセージが添えられています。スタッフの方が説明してくれます。

ミシェルブラスはソムリエナイフで有名なライオール村の出身。

ライオール村では、ナイフは一生に一本、質の良いナイフを子どもの頃から手入れを行い、一生使い続けるのだそうです。

そのライオール村でのしきたりとして、「マイナイフ」を持ち、それを生涯大事に使い続けるという伝統があるそうです。

ライオール村にある本店でもナイフ1本だけは全ての料理最後まで使い通します。

その伝統に従って「ナイフだけは最後まで使って頂けませんか?」とサービスされる方がおっしゃってました。

食べ終わったときに、「ナイフはパンでぬぐってください」と。ファークやスプーンはその都度替えてくれます。

ミッシェルブラスのフランス本店にあるオーブラック高原のハーブ「シストル」。ミシェルブラスのシンボルマークがバターにもあります。

【アミューズ】 1品目。コックームイエット。ミシェル・ブラス氏が子供の頃、母親が作ってくれた丁度よい湯で加減の半熟卵を食べるのが素朴な楽しみだったと詳しく書かれたエッセイが渡されます。粋な演出です。

2皿目がセップ茸のタルト、3品目は蝦夷鹿のコンソメのジュレなど一口ずつスプーンに盛られた色鮮やかな前菜です。

北海道グリーンアスパラのロースト、ハーブと卵のヴィネグレット、ゴマ塩、洞爺湖周辺の農家で採れた野菜。

ウド&ホッキ貝のポワレ、ニンニクのコンフィ&ピマンデスプレットで香りをつけて:”アイゴブリドー”のエミュルシオン、クルミオイル。

魚介料理として、ブルゴーニュ産エスカルゴのファルシ。ペティオニオンのポワレ、生ハムオイルとシブレット。春巻き見立ての料理ですが、中にはぎっしりとエスカルゴが入っていました。

メインディッシュの肉料理は知床から来た:鶏の胸肉、ナスとオレンジのピューレ。

「アリゴ」という目の前で、チーズとジャガイモをこねて伸ばしたライオール地方の郷土料理。元々はオーブラック地方の修道院が巡礼者にふるまった食べ物というのが始まりとのこと。ジャガイモのピュレと牛乳とバターとニンニクを加えて練り、糸を引くような状態に仕上げたものです。

チーズの盛り合わせ。ミシェル・ブラスの地元であるフランス産チーズが揃えられ、この中から好きなものを好きなだけ取り分けていただけます。

デザートはチョコレートムースとシャーベット。締めにエスプレッソ。

ミッシェルブラスのディナーを堪能し、翌日の朝はシャンパンブレックファーストです。朝からシャンパンなんて贅沢な気分にさせられます。

ミッシェルブラスでは食事だけでも最低3時間かかりますのでゆとりあるスケジュールでご来店されることをお勧めします。実際、私たち夫婦は19時に入店し、24時半までおりました。食事が済んだあとソムリエの方の計らいで「ミッシェルブラス」のワインセラーを見学させていただきました。まるでワインが眠っている冷蔵された倉庫みたいでした。ちなみにディナーの場合、ワイン込みでひとり40,000円程度の予算でした。

印象としては極めて個性的な料理と伺えます。万人受けではなく、玄人向けと言った感じでしょうか。

Michel Bras Toya Japon HPより

あいにくザ・ウィンザーホテル洞爺リゾート&スパでのフランス料理「ミシェル・ブラス トーヤ ジャポン」は契約期間満了に伴い2020年4月30日(木)で閉店しましたので、今後はフランスの本店まで出向いて試してみたいと思います。

ザ・リッツ・カールトンヨットコレクションの究極のダイニング

ザ・リッツ・カールトンヨットコレクション「エブリマ」号の船内プライベートダイニング「S.E.A」では、「ザ・リッツ・カールトン・ウォルフスブルク」の3つ星レストラン「Aqua(アクア)」の料理長スヴェン・エルバーフェルド氏のレストランで乗船客の食事を提供します。

「ザ・リッツ・カールトン・ウォルフスブルク」があるヴォルフスブルクは、ドイツ北部に位置する自動車産業で有名な街です。

2000年にフォルクスワーゲン本社工場に隣接した体験型テーマパーク「アウトシュタット(自動車の街)」がオープンして以来、観光地としても人気になっています。

このテーマパークの敷地内にある「ザ・リッツ・カールトン・ウォルフスブルク」内のミシュラン3つ星のレストラン「Aqua(アクア)」があります。

※実際の航海で提供される料理はもちろん異なりますので、あくまでもイメージということをお伝えしておきます

【ビーフソテーと豆類】
シンプルかつ人気ある牛肉料理です。

【ポークチョップと海老や蟹のマヨネーズ和え】
ケチャップ以外で味付けした豚肉のソテー。通常マデラ酒を煮詰めて作るマデラソースをかけて食べるとされ、肉厚の豚肉を使用する場合はオーブンでじっくりと焼きあげます・さらにえびやかになどの甲殻類と合わせてたマヨネーズ和えにします。

【クレソンの緑と卵の黄が鮮やかな、にんにくを効かせたエスカルゴ】
世界のトップレベルと名高い同レストランを率いるのは、「スヴェン・ エルヴァーフェルド氏。彼の現代アートの美術館を思わせるアヴァンギャルドな料理の世界を堪能できます。
皿の上でのコントラストを大切にしているというシェフは、異なる食感や異なる温度を一皿の上でみごとに調和させます。

【ビーフタルタル・ボルシチ風味】
ドーム型のサワークリームとビートのスープを合わせた「ビーフタルタル・ア・ラ・ボルシチ」は、温度のコントラストが感じられる一品です。

アミューズは「スナック&クリスピーロール」と「スープショット&スプーンテイスティング」はシェフ独自のスタイルで、自らデザインしたという器で出されます。

【ミネラル鳩胸肉、トウモロコシとバターミルク添え】日本では「鳩」をいただくことに抵抗を感じる方も少なくないのですが、シビエとして提供される鳩肉は一瞬、上質な牛肉を思わせる色合いです。実際に食べて見ると脂肪が少なくコクのある味わいです。

【アカザエビと木炭でグリルした子豚バラ肉のグリル】アカザエビと木炭でグリルした子豚バラ肉のグリルの風味に、バルサミコと醤油、マスタード、オリーブオイルから作られたソースとトマトで甘酸っぱさを添えるという絶妙さ。

【フォアグラとマグロのポン酢和え】
この一皿は日本人にはうってつけの逸品だと思われます。

【サーモンのグリルとキャビア】
サーモンのグリルにキャビアやコールラビ(和名:カブランカン)やスイバ(日本ではイタドリの仲間)が付け合わせに盛られています。

【ドイツ風舌平目のムニエル】あっさりとしながらもボリューミーな舌平目です。

【トマト、ライム、、バジルのディップ】
パンにバターを塗るような感覚で美味しくいただけます。

【仔牛のワイン煮込み】
ビーフシチューのようにじっくり煮込んだ仔牛の肉の上にトリュフをたっぷりかけます。
とても贅沢な逸品です。

【フォアグラとハイビスカスのフルムダンベール】フルムダンベールとはフランス中南部の山岳地帯オーヴェルニュ地方のチーズで、酪農家たちから「高貴な青カビ」と呼ばれています。フォレ山脈の東側と西側の2つの町で同じチーズが作られていて、西側斜面で作られたものがフルム・ダンベール、東側斜面で作られたものがフルム・ド・モンブリゾンと呼ばれています。

外見は直径13cm、高さ20cmの背が高い円筒形という珍しい形が特徴的です。
表皮はやや乾燥していて、白や赤みがかったカビが見られます。

青カビタイプ独特の刺激やコクがありますが、見た目の青カビの多さに比べるとマイルドな味わいです。食べやすい青カビタイプの代表格と言ってもいいでしょう。

日本でも定番と言っていいほど見かけるようになりました。フォアグラとの濃厚さがワイングラスをついつい傾けたくなります。

味が濃厚なので、キンキンに冷えた白ワインとの相性も良いでしょう。

【きゅうりと生姜のヨーグルトムース】
あっさりしたきゅうりと生姜の風味とヨーグルトのまったりした食感。
こちらも白ワインのおつまみとして相性バッチリです。

【フランスリムジン産仔羊肉のソテー】
リムジン種はフランス原産の牛です。体毛は赤褐色に覆われ、角がない「無角種」と角がある「有角種」が存在します。非常に筋肉質な牛で、脂肪分が少ないのが特徴。

そのため、肉質が硬かったり、サッパリ・あっさりした味を想像する方も多いのではないでしょうか。しかしリムジン種の肉質はとても柔らかいと言われています。

「脂肪が少ないのに柔らかいお肉」ということです。

【スモールサラダ】
見た目の通り、少量のサラダですが、ブーケを思わせる遊び感覚が溢れています。

【イカのカレー風味、アンチョビ添え】
イカをメインとしたシーフード料理。スパイシーな香りが食欲をそそります。

【とうもろこしのサラダ】
とうもろこしをムース状に仕上げた冷製の前菜です。

【ホタテとキウイ、インペリアルキャビア添え】
生のホタテにナタネやキュウリ、キウイそして上質なキャビアを添えた一品です。

【アスパラのロースト、ハーブと卵のヴィネグレット】
ローストしたアスパラガスにメレンゲのように泡だててアクセントを加えます。

【煮込みポーク】
煮込んだ豚肉と暖かいノルウェーのナスのロブスター。そして付け合わせは発酵させたニンジンに甲殻類のマヨネーズとコリアンダー、そしてショウガのソース。モダンヨーロピアンはアジアの味覚も積極的に取り入れています。

【サバのグリル・ハーブマヨネーズ】
グリルした鯖にハーブたっぷりなマヨネーズソースでいただきます。

【チョコレートの盛り合わせ】
様々な一口サイズのチョコレートがお楽しみいただけます。

【シャンペンシャーベット】
グラニテとして、魚料理をいただいた後のお口直しとしてはうってつけです。

「サンペリグリノ世界のベストレストラン50」にも選ばれるなど、世界のトップレベルと名高い「ザ・リッツ・カールトン・ウォルフスブルク」の3つ星レストラン「Aqua(アクア)」

新しい形のドイツキュイジーヌの立役者といわれるスヴェン・エルバーフェルド氏の料理は、楽しい驚きに満ちていて、コースの最初から最後までゲストを味覚で楽しませます。

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【クリスタル・シンフォニー】船上の本格和食レストラン

スペシャルティーレストラン『シルクロード&寿司バー』

NOBUこと松久信幸氏プロデュースの創作和食や寿司をお楽しみいただけます。

日本料理をベースに南米やヨーロッパのさまざまな料理の要素を取り入れた、新感覚の創作和食や、新鮮な素材にこだわった寿司をご堪能いただけます。

NOBU(松久信幸氏)略歴
アメリカの雑誌「フード・アンド・ワイン」で全米ベストシェフ10 人に選ばれるなど、
世界的に高い評価を得ているシェフ。

日本料理にユニークなアイデアを盛り込んだ独創的な料理を手がけ、日本をはじめ、アメリカ、イギリス、フランス、香港など世界中に店舗を展開しています。

ニューヨークで大人気のノブ・マツヒサ氏による、創作日本料理が世界中の洋上で気軽にいただけます。お寿司などの純粋日本料理の味は折り紙つきで、そのためにとても人気があります。

今回は「クリスタル・シンフォニー」の「NOBU」プロデュース創作和食レストランをご紹介します。

上の写真は英語メニューですが、オーダーすれば日本語のメニューも持ってきてくれます。

内装はむらさきを基調とし、かなり落ち着いた雰囲気です。

カウンター席は予約なしでOKですが、先着順ですので、開店と同時に満席になります。

特に日本人乗船客が多いと、予約を取るのが困難です。

乗船日初日から満席でした。

このNOBUの人気ぶりが日本人よりも欧米人からの支持が強いということがわかります。

それではさっそくオーダーしました。

まぐろのたたきサラダ・マツヒサ風ドレッシング添え

NOBU定番料理のひとつ、シーフードのセビーチェ(南米風酢の物)です。

「酢の物」というよりもレモンの酸味とハラペーニョの辛味がやみつきになりそうです。

サーモンとほたて貝のニュースタイルサシミ

お刺身が苦手なアメリカ人になんとか日本の刺身を美味しく召し上がっていただきたいというNOBUさんのアイデア料理です。

いまやNOBUの超人気メニューのひとつです。

しめじの味噌汁
お味は本格派。もちろん日本人の口にも合います。

メインディッシュのロブスターの柚子ソース炒め
ローカロリメニューですので、ダイエットを気になさる方にも自信を持ってお勧めします。

銀だらの西京焼き、山もも添え。

山ももは静岡県伊豆地方から取り寄せるそうです。
NOBUレストランのオーナでもあるハリウッドスター、ロバート・デ・ニーロ氏もお気に入りの一品です。

大トロのにぎりすしです。日本人シェフが握りました。

海老の天ぷらクリーミースパイシーソース。

つまり天ぷらのマヨネーズ和えです。欧米人が好き好んで注文をします。

最後の締めはシメサバのにぎり寿司です。

デザートはシトラスカスタードプリン。

緑茶と一緒にいただきました。

まん中はチョコレート、右はゴマの甘いおせんべい。和のプチフールみたいです。

その後、航海日の半分はこの和食レストランに通うことになります。

メインダイニングでのお食事前に、軽く寿司をつまんだり、ディナー後の二次会的な役割でまるで「居酒屋」感覚で利用できます。

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ワインが主役のレストラン「ビンテージルーム」

ラグジュアリークラス客船「クリスタル・セレニティ」(Crystal Serenity 68,000t)には世界中から選りすぐったワインの数々をゲストにより親しんでいただくために作られたワインが主役のレストラン「ビンテージルーム」(Vintage Room)があります。

ソムリエが選んだ6種類のワインとそれに見合った料理を総料理長が特別に用意されます。それではヴィンテージルームに揃っているワインの一部をご紹介します。

ブルゴーニュの宝石ドメーヌ・ド・ラ・ロマネ・コンティ リシュブール[1995](RICHE BOURG) 1995

ワイン愛飲家の間でこの名を知らない方はいないでしょう。その香りは『百の花を集めてきたような』と形容されるほど。味わいはフルボディーで、木苺、スパイス、トリュフの香り。

信じがたいような華やかさと官能的なまでの艶やかさが産まれます。口当たりはなめらかで、ビロードのような舌触りが残ります。

シャトー ディケム( Chateau d’Yquem ) 1999

世界最高の極甘口白ワインである貴腐ワインです。生産地はフランスのアキテーヌ地方ジロンド県ソーテルヌ村です。よいヴィンテージのものは熟成に二十年以上かかるとされ、1855年パリの万国博覧会の際、ジロンド県産白ワイン部門の格付けで、これを凌ぐものはない最高級品ということで唯一「特別1級」に指定されています。

シャトー・シュヴァル・ブラン(Chateau Cheval Blanc)1993

ボルドー最高峰のひとつでサンテミリオンが誇る最も偉大なワインのひとつです。サンテミリオン第一特別級(A)の飲み頃21年熟成。しかもアロマのワインと言われる1993年ものです。

2010年のオークションで304,375ドル(日本円に換算して約3,400万円)の値を付け、「ボルドーワインの価格の記録を更新した」とか。「ボルドーワインをひとつ選ぶなら“これ”と言う人も少なくない」と大絶賛のワインです。是非一度お試しください。

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リッツ・カールトンヨットコレクションで行く、アマルフィ海岸とコルシカ島クルーズ

ソレントでの停泊、コルシカ島での2日間の探検、トスカーナのエルバ島での発見など、スーパーヨット「エブリマ」での地中海の旅は魅力的です。ザ・リッツ・カールトンの伝説的なサービスが、この魅惑的な地域を比類なき快適さで探索する機会を提供します。

出航日:2024年5月24日〜6月4日 7泊8日

クルーズの詳細はこちら

1日目 ローマ(イタリア)

コロッセオ、フォロ・ロマーノ、サン・ピエトロ大聖堂、ミケランジェロのシスティーナ礼拝堂、ベルニーニのバロック様式の噴水など、この象徴的な都市は必見のスポットで魅了されるでしょう。

2〜3日目 ソレント(イタリア)

停泊中はアマルフィ海岸の絶景を眺めながら、ポジターノ、カプリ島、青の洞窟、ポンペイ遺跡など、ユネスコの世界遺産に登録されている観光地を2日かけて巡ります。

4日目 終日航海

プールサイドでアペロール・スプリッツを飲んだり、ザ・リッツ・カールトン・スパを訪れたり、プライベートテラスでくつろいだりと、エブリマはコルシカ島へ向けて出航します。

5日目 アッジオ(フランス)

コルシカ島の華やかな中心部から、美しいピアーナのカランクでシュノーケリング、ギリシャの村カルジェーゼ、ポルトで地元の名物料理を堪能することができるのです。

6日目 カルヴィ(フランス
かつて漁村であり、ジェノヴァ人の拠点であったこの島は、現在、島のバラニュ地方にあるドメーヌ・ダルジプラトゥなど、有名なブドウ畑を発見する機会を与えてくれるでしょう

7日目・ポルトフェライオ(イタリア)
ポルトフェライオは、ヨーロッパ最大の海洋公園を形成するトスカーナ群島最大の島、エルバ島に位置しています。この島は、美しいビーチ、サン・ジョヴァンニ温泉、ナポレオン時代の邸宅で知られています。

8日目・ローマ(イタリア)

ローマは、観光名所やモニュメント、教会など、さまざまなものが混在しており、あなたの旅が、新鮮な目と新たな精神で永遠の都を体験できることを願い、次回の乗船をお待ちしています。

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エミレーツ航空 クルーズ業界に参入

2023年4月1日、アラブ首長国連邦、ドバイ – 航空会社の中でもQE2と呼ばれ、空と陸での豪華なサービスで世界中の多くの人々に愛されているエミレーツ航空が、新たに立ち上げた海上部門、エミレーツ・シーラインで7つの海を航海することになりました。

幸運なシップスポッターやクルーズ愛好家たちは、本日未明にドバイのパーム・ジュメイラ周辺を堂々と航行するファーストライナーの初海域試験を実施されました。

エミレーツ・シーラインは、めったに見ることのできない寄港地を巡りながら、クルーザーに最高級の、これまでにない体験を約束します。エミレーツ・シーライン社は、数十億ドル規模の大型クルーズ船10隻を発注し、現在、最新かつ最高の設備を導入しています。

エミレーツ・シーラインは、クルーズ業界における大きなギャップを認識し、慣習にとらわれず、従来の季節にとらわれないクルーズ・カレンダーを提供する予定です。最初のクルーズは2024年4月1日にドバイ港から出発する予定で、カラチが初寄港地となります(1985年10月の航空会社の初飛行にちなんでいます)。

旅程と予約は6月31日から開始されます。エミレーツ・シーラインの客船は、航空会社の巨大なネットワークに支えられ、アメリカからニュージーランドまで、主要なクルーズ港に停泊する予定です。

エミレーツ・シーラインの舵取り役として新たに任命されたチーフ・マリタイム・オフィサー、ジャック・シャロー船長は次のように述べています: 「エミレーツ航空は、ドバイのパワーボートレース、エミレーツ・チーム・ニュージーランドや、最近ではエミレーツ・グレート・ブリテン・セイルGPチームと関わりを持っており、海を身近に感じることができる存在です。世界中の都市が課題に係留されたままであるのに対し、ドバイは想像を絶するノットでスムーズに航海しており、クルーズやその他のマルチモーダル交通インフラも優れています。

“テクノロジー、AI、イノベーションを駆使した次世代クルーズ船の開発により、都市のペースを反映し、現在最速のクルーズ船のほぼ2倍となる時速50ノット以上で航行することができます。エミレーツ・シーラインは、船上での夢のような豪華さ、これまでにない旅程、一生に一度の体験を提供することに取り組んでいます。お客様との約束を確実に果たすために、私たちは厳正な運営を行います。現在、チームは総出で就航に向けた準備を進めています」。

エミレーツ・シーラインは、持続可能な海上燃料(SMF)、ソーラーパネル、リサイクル、廃棄物管理についてベンダーと協力し、海上での持続可能性に関して業界のペースを握ることになります。

エミレーツ航空のグローバルネットワークからドバイに到着した乗客は、DXBからドバイハーバーまで特注の電気自動車で移動し、船内の豪華なキャビンに案内され、空と海のシームレスな旅ができます。

船内には4種類のキャビンが用意され、様々なタイプのスペース、アメニティ、ラグジュアリーを提供します。商品・サービスの詳細については、今後発表される可能性があります。

エミレーツ・シーラインは今後数ヶ月の間に、多様なスキルと専門知識を持つ数千人の船員やスペシャリストを採用し、運航管理、航空会社ならではのおもてなしでお客様にサービスを提供し、ネットワーク全体の経済性をサポートする予定です。

ラグジュアリークルーズに対する日本人のバイアス

アメリカでのクルーズマーケット調査によると、米国の旅行代理店が考えるラグジュアリークルーズの基本概念は、船長や上級幹部船員とクルーズ船客の交流や社交をベースにしているのです。

「流暢な英語を操る、ヨーロッパ人幹部船員による接客」

当時のロイヤル・バイキング社やシーボーンクルーズ社の白人オンリーのイメージで、 それに見合うコストパフォーマンスとして、他社より高い料金を払うことでした。

クリスタルクルーズ社の課題として、高額のクルーズ代金を払ったのに、提供されたサービスの中に、予期しない過度の日本のエレメントが混じっていては困るのだと強く主張し出したのです。

このことは、この事業乗り出し時の過去の覆面調査でも指摘されていた模様です。創業前のクリスタルクルーズ社の調査によると、配船先は、まだ環太平洋クルーズを中心考えていたのです。

日本人幹部船員の積極的な登用は、彼らの許容範囲と思われていた)この業 界では、ラグジュアリークルーズ=ロイヤル・バイキング社の代名詞と思われるほどでした。そして同社はアメリカの旅行代理店からの支持は大きいものでした。

ラグジュアリークルーズを主に扱う旅行代理店の担当者の中心は、主に30〜40代の女性で、日本を含めてアジアの世界に最も遠い所にいるといわれたユダヤ系と言われていたのです。

また、西海岸に於ける旅行代 理店の中年女性には、家族の中に、太平洋戦争や朝鮮戦争との関わりがあった人たちが、クルーズ 旅行の販売に関わっていた。このプロジェクトに関􏰂し行った船客の反応をチェックの為の初期マーケット・リサーチ によれば、年配のアメリカ人船客や日本人船員の優秀さを知らないユダヤ人の客層にとっては、日本人の凛々しい制服姿は、残念ながら、ドイツ人軍人と同じように、映画 の「トラ・トラ・トラ」「パール・ハーバー」等の映画の世界の「太平洋」でした

日本人の発想では思いもよらないことですがアメリカ人にとって太平洋とは、硫黄島を含めて激戦地を思い起こさせるという厳しいコメントも少なからずあったのだ。

現実の例として、彼らが、ドイツのラグジュアリークルーズ客船「オイローパ」に、全く乗船しない。その理由として アメリカの販売網が、ドイツ船への誘客を拒否していたことも原因かと思われるのです。

送り込んだ船客が、リピ ーターになることはないと、経験的に知っていたし、彼らのコメントのなかには、ドイツ人船員の制服姿が、戦争を思い出させるものであるとの調査結果もあったのです。これは単に相手の感情やサブリミナルな意識の問題で、こちらではコントロールできない話だったのです。

クルーズ船客は、彼らの先入観や固定概念などが入り混じった「主観」で船を選ぶわけで、多分 背景には、有色人種に対する白人(特にユダヤ系)の優越感や当時も日系人強制収用などとの関連で注目を浴びていた太平洋戦争の不幸な歴史、彼らから見る日本人と他のアジア人との区別、日本人とフィリピン人の船員混乗など文化や習慣の違いもあります。

このことは、この事業乗り出し時の過 去の覆面調査でも指摘されていた。日本人の乗組員の努力にも拘らず、アメリカの旅行代理店が思う「

日本の乗組員は、貨物船しか知らないのではないのか?

と言う先入観を払拭するのは、 難しい課題でした。

このようなバイアス的な議論は、1980 年代後半のアメリカの政治・社会環境の過激な動向も 影響していた。当時、アメリカでは、ヒスパニックの増加や黒人問題を抱え、「外見・外姿」を見て、相手を無意識に差別することが、問題になっていた。

例えば、警察の初動対応に、マイノリティであると言う先入観が影響を与 えているなどといった、人種的プロファイリング が、人権運動の活発なアメリカ社会の大問題になっていたのです。このような大きな社会の 動向や世 論のうねりは、円高傾向をもとに、アメリカに進出してくる日系企業や日本人に対する見 方にも影響を与えていた。WASP などの白人社会(アングロ・サクソン系)や ユダヤ人社会とは異なった少数民族問題として捉えられることも多かったのです。

アメリカ議会では、日系議員などを中心として、戦時中の日系人の名誉回復運動が、クローズア ップされ、第二次世界大戦時の真珠湾攻撃の是非などとともに、この日系人問題が、特に西岸諸都市を中心に頻繁にマスコミで取り上げられていたのです。

1988 年、レーガン大統領は、戦時の「日系アメリカ人」に対しての偏見的・差別的な対応」と日系人「強制収用所」問題に関して、国家としての謝罪をすることを 表明した。彼の国家謝罪で、日系人に対する法的な復権の試みは、一応落着し た。 この表明は、真珠湾攻撃以来、アメリカの人たちの深層心理に流れていた、日系人 を「敵性 市民」として捉える「偏見」を払拭する効果があったといわれたのです。

その後も、覆面調査の手法などで、日諾高級船員の混乗なども含めた船上の滞在 環境などに関す るマーケット調査を何度も行った。その結果、彼らの偏見に満ちた ラグジュアリー・クルーズ客船 の本音を一言で言えば、以下に尽きたのです。

「ラグジュアリー・クルーズにおける高級幹部船員の採用 は、ロイヤル・バイキン グ社等のホワイト・シップの例を、ビジネスモデルを基本として検討」

「日諾混乗の発想は、運航会社の都合であって、彼らのマーケットを中心とした「売れる」 ビジネスモデルではない」

「娯楽指向型カリプ海の”ファン”・シップとラグジュア リー・クルーズ(長期滞在型)は性格が違うのです。長期滞在型のクルーズにとって最も大切な点は、船上における幹 部船員や船客との交流にあるのです。この点をクリスタル・クルーズ)は、どう考えているのか?」。

クルーズ事業は、滞在型の旅行であり、毎日顔を合わせ、そこに誰が働いているかが、大きな意味を持つのです。

当然文化や習慣の違いを通した主観や偏見もあります。

クリスタル・クルーズ社の考え方としては、この辺りの微妙な事情を勘案し、さまざまなプレイダウンな工夫を検討すべきであるとの PR 会社のアドバイスもあったのです。

船長やチー フ・エンジニア(機関長)をノルウェー人にし、ダイニングの客席のホストとなるキースタッフについても、マーケットやクルーズ船客個人の意向を受け入れた方が、好都合だったのです。

このようにアメリカは日本の単一民族ではなく、様々な人種が織り混ざって生活しているので、価値観や考え方が異なるのは当然のことです。その調整がいかに難しいかを伺えるのです。

アメリカマーケット調査による最適人材の相性とは

クリスタル・セレニティの寿司バー。シェフとの話のやり取りが楽しい

新生クルーズ会社として、多国籍乗組員を採用する前にこれから参入するクルーズ事業の基本は、ホスピタリティありきでした。

その基本には先見性にもとづいた配慮を必要として、それを提供するための人的資源の担当の確保が、新会社の組織の維持と評価にとって、極めて重要な要因と理解していたのです。

当時、新会社クリスタル・クルーズの船上滞在環境の構築には、乗組員は重要な人的資源であるとの位置付けで有り、彼らが安心してその 経験や能力を発揮するためには、公平な評価基準を経営者側と共有する必要があると考えたのです。

サービス業のクオリティに配慮をしてラグジュアリーな旅行商品を追求する新会社クリスタル・クルーズの経営の基本に、人材は資本財的性格に重点を置きつつ乗組員の労働環境がよければ、彼らの魅力に惹かれたクルーズゲストがリピーターとなり、大きな核になる客層を形成したのはすでに実証されていたのです。

それがクルーズ会社の経営と発展を支えるという構図を描いていたのです。乗組員こそクルーズ船客に最も近いところにいるクリスタル・クルーズにおけるサービス哲学の「伝道師」でした。

彼らが日常の業務で満足度が高 ければ、クルーズ船客にも感動を与える良い環境が出来上がり、結果として、彼らの「満足度」を高めることになるのです。

快適なサービスを提供する為に、現場における明確なエンパワーメント(権限付与)が乗組員をして、目先の人事権を持つ社内の上司ではなく、会社における自分の役割に向けられると雇用の確認が人材の能力を鼓舞し続け、顧客に受け入れられ、クリスタル・クルーズ社に対して忠誠心の高いリビーター組織「クリスタル・ファミリー」の輪を広げる事になったのです。

クルーズ客船がターゲットとしている客層の文化的な価値観とか、生活体験から来ている価値観に基づいている限り、多国籍船員(従業員)の持つ多様性は、新たな刺激を与え、船客との接点にいる人材の能力を最大限に発揮できるような組織が求められていたのです。

50 カ国 500 人を越えるスケール(一隻あたりの乗組員)は、期間雇用契約に基づく期間雇用であるけれども、会社としての確たる雇用条件が、彼らの仕事をする喜びや忠誠心を生むものとなるものです。

クルーズ事業の基本は、「ブランドを創る事業」であり、その計画の第 1 ステージ (新造船就航までの期間)では、ブランド価値を連想させる仕掛け、一例としてロゴマークのデザインなどはすでに手を打っていたのです。

さらに旅行商品の視点から他のクルーズ客船会社とクリスタル・クルーズは違うということをマーケットや将来のクルーズ船客にアピールしなければならなかったのです。その差別化の理由も説明しなくてはならなかったのです。

マーケットへの的確なサインを送る為には、クルーズ客船建造計画や そのプロセスの開示といったコミュニケーション戦略が重要な役割を果たしていたのです。

その過程で、これから採用する新会社の人材の持つ評価やそれに加えて「ブランド 活性化戦略の策 定」過程における旅行代理店など販売網の参画を推し進めるのが良 いとの判断であった。

アメリカのクルーズ市場におけるブランド認知戦略にあたって、アメリカのクルーズ・マーケットにおいては、サービス・プロバイダーの主観ではなく、船客層に最も近いマーケット、旅行代理店などデストリ ビューション・システムや乗船主導型で動いていると各種の調査などで理解していたのです。

従って、難問にぶち当たっときは常に最優先項目マーケットに聞く体制の構築だと考えていたようです。主観的な、思い違いなどを起こしやすい提供者価値ではなく、客観的な受益者価値の理解が必要でした。

船が就航していない 2 年間という圧倒的に不利な条件の中、ブランド構築をするには、そのプロセスにおいて絞り込んだ客層や、彼らを主たるクルーズ船客として抱える旅行代理店にはこのプロジェクトに参画を促し、積極的に「フォーカスグループ・マーケティング」の投入など検証システムを駆使。時には軌道修正もしながら、 船上の滞在環境のプログラムの開発設計をしていったのです。

そこでは、人間的な要因を前面に出したより真似されにくいサービスシステムや船上組織のデフェレンシェーションでマーケットに訴えるのが良いとの方向で固まったのです。サービスや船上組織などソフトは人的な要因が強く真似されにくいのです。

サービス面での差別化こそクリスタル・クルーズの生命線でしたので、マーケットのニーズを先取り。クルーズ船客が中心に居る滞在環境を新会社の核にすることをひたすら試行錯誤し、船上プロダクトに関して下記の面から更なる検証を行う事とした。

1・ クルーズ船客と乗組員とが織り成すクルーズ経験価値。

2・船上での人間関係での優位性は(サービスを提供する側と受ける側の相性。

3・ 滞在生活上の安心感。ホテル部門における欧州ホテルスタッフの起用。

4・ 優秀な乗組員の確保の為には彼らの居住空間に充分な配慮満足度)。

5・ スタッフの能力の「予見力」啓発システムの構築。

6・宿泊・滞在価値を高める為に自前のプロダクションショーと食事に付いては豊富なメニューや複数のレストランなどの積極的な運用。

7・ 現場への権限を大幅に委譲して現場で問題を迅􏰁に処理できる体制の確立。

1988 年半ばには、この様な検証をもとに、既に船上における商品企画)が検討されていた。 この時期、マーケットに対して、アメリカのラグジュアリー・クルーズの世界で

「なぜ、クリスタル・クルーズが必要なのか?」

の答えには、旅行代理店や将来のクルーズ船客などに意見聴取なのです。

最上のサー ビスを実現するためには、競合他社のプロダクトのみならず、積極的に陸上のリゾートホテルなどのサービスも導入し、快適な船上生活体験環境の導入を目指したのです。クルーズ船客の居住空間の充実や部屋の大きさ等にも配慮したのです。

「なぜ、クリスタル・クルーズを勧めるのか?」

このような動機付けの模索も始めたのです。

旅行代理店の要望を絞り込んで販売しやすいプロダクトを構築。これは旅行代理店のフレンドリーさを強調したものです。そしてゲストに対する再検証により、マーケットを更に再び絞り 込む作業に力点が置かれたました。

覆面調査・フォーカスグループなどの分析を駆使したマーケットの絞込みによる と、当時の我々 日本人から見た統計では、最も憧れと親しみがもてるアメリカ人であっても、この様な調査を通して立場が変わるとその見方も違う事を知らされたのです。

本音と建前の違いもありますが、当時アジア人やアジアの文化などに最も遠いアメリカ人とも言えるユダヤ系アメリカ人マーケットでは、 一般のアメリカ人とは異なった反応があったのです。

彼らの多くは日本に対して特別好意的というわけでもなく、今でも真珠湾攻撃や太平洋に関わる戦争が製作されると、大きな ニュース(特に12 月 7 日は太平洋戦争記念日としてニュースで真珠湾攻撃の映像がアメリカでは終日流れる)として報道されている現実から、ユニフォーム姿の日本人には違和感を持っている人たちが多いことが見受けられるのです。

好き嫌いという感情ではなく、日本人乗組員のユニフォーム姿には、彼らがドイツ・ナチスに対 して抱くのと同様な異質な民族感情が存在しているのではないか、といった側面からの調査を行 なうことも怠らなかったようです。このような感情が、ドイツ船「オイローパ」などはアメリカの旅行代理店や船客の離反感情を生み、アメリカ人船客は皆無に近いと言われていたのです。

つまりアメリカの市場を把握できなかった結果でもあると伺えるのです。各客層の旅行動向を的確につかむ努力が重要であり、主要客層であるユダヤ人社会を徹底的に知り尽くすことで、彼らが望まないクルーズ商品を創らない努力も必要であったのです。

その後も、いろいろな局面で、ユダヤ系船客への反応には充分配慮をする必要が生じた。

2003 年 のイラク戦争では、ユダヤ系政治圧力やクリスタル・クルーズなどラグジュアリー・クルーズ客船の主流でもあるユダヤ系クルーズ船客のフランスに対する歴史認識や感情などが、徹底的にイラク寄りのフランスを悪者にした。

その状況下での第三船「クリスタル・ セレニティ」の就航では、造船所の代替えは出来ないが、女優ジュリー・アンドリュースをゴッド・マザーとした命名式を、イギリスに移し、その後の同船の地中海就航時も、カンヌやニースなどの南フランスの寄港を回避した模様です。

これも「マーケットに聞く」姿勢を保った調査の結果でした。

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ブランド構築と差別化

クリスタル・セレニティ(68,000トン)でのウェルカムパーティー

これから誕生するラグジュアリー・クルーズ客船会社にとって、この業界で成功を収め生き残る 為には、既存のクルーズ客船社との違い、すなわち、既存の会社の 真似をするのではなく、多くの革新的発想を取り入れて、その違いを差別化し、独自性の主張が重要でした。

新会社は、既存社の模倣ではなく、新しいコンセプトを至る所にちりばめたプロダクトにする必要があったのです。同業他社の真似をするだけでは、新規事業は、存在の意味を薄めることとなるのです。他社と違うことを実行しなくてはいけないのでした。

新􏰀船を建造するにあたっては、ハード(船)面に関しては、比較の対象とする具体的な「モノ」(この場合は客船) があったので基本的な方向付けや各種の技術革新の導入は、 新造船の設計段階から織り込み済みでした。

しかし、客船を基準にした差別化には限界があることも知っていたのです。新造船の多くの技術革新や構想も、この新造船が世の中に出る頃には、他の会社の新造船に真似され、造船所自体がその新しい技術を次の船に応用しようとする新造船(クリスタル・ハーモニー:現「飛鳥Ⅱ)のベランダ比率がマーケットで評判になるとすぐ、 他のクルーズ客船社も同じようなコンセプトの新造船を建造して北のです。ハード面における差別化は、クルーズ事業のような、ライフスタイルやファッション指向の強い旅行商品には持続性に欠け、すぐ飽きがくるのです。

そこで既存会社との差別化において、勝負は船上における「ソフトの中身やサービスなどを含めた滞在環境が全て。斬新にして温かみのある仕掛けを作ることが、この成功への鍵で有ると考えたのです。

クルーズ船客は、クルーズ旅行に、船上で の出来事、旅の持つ「プロセス =過程」に感動する。したがって、クルーズ船客自身が主役となるような船上生活を演出する必要があると考えたのです。

船上におけるサービスやソーシャルな環境のシステムを、いかに構築するかという新しい挑戦が始まったのです。

新しいクルーズ客船会社の船客にとって、快適な船上滞在環境を演出する為には 「顧客が何を望むか」を常に考える必要でした。

新しいクルーズ客船会社としてのビジネスモデルの構築を実現する ために、各種の調査を通して、ネガティブな要因を出きるだけ取り除き、彼らのライフス タイルを先取りする事に焦点を当てるようにすべく、基本的な考え方を整理していたのです。コンテンツやサービ スなどのソフト面では、トレーニングやマニュアルの質の向上を実現。船上でのサービスに加え、既存会社には無い「人との出会いやエンターティメント的要素が重要です。

その人間関係の織り成す要素をより重要視し、「クルーズ船客同士か、乗組員とのコミュニケーションの機会を多くすることで、既存のラグジュアリー・クルーズやそのコンセプトを超えることが大きな課題でした。 差別化を中心に置き、船上で出会う人の持つ能力とそのケミストリー(相性)を置くことなのです。

このクルーズ事業でもっとも大事な船上での滞在環境の構築には、オーナー側知識がほとんどなかったのです。その船上ソフトの構築や他社との差別化戦略には、この新事業に参画してきたフライデンバ ーグ副社長(当時)他、ロイヤル・バイキングクルーズ社出身者の経験などが非常に貴重でした。

彼らは、 仮想競争相手となるロイヤル・バ イキング社の客層と船上のプロダクトに精通している強みがあったのです。当時のクリスタルクルーズ社は彼らの経験と新鮮なイメージを融合させて、マーケットにインパクトを与えなければならなかったのです。その既存のクルーズ会社を熟知している彼らの経験を元に、米国クルーズ業界新参者としてこの業界に参入する新しいクルーズ客船会社は、ロイヤル・バイキング社 などの既存社との違いを明確にしておくことが必要だったのです。

セールス面で見ても、他社船に乗っているクルーズ船客の誘客も大事であるが、これから 創る会社の核になるクルーズ客層を確立するためには、この差別化の確立により、 新会社独自の客層を創出し、将来、囲い込むこと。そしてリピーターから、クリスタル・クルーズ社に対して忠誠心の高いファミリーメンバーにすることが、より重要であると考えたのです。

その実現のためには主要客層と定めたマーケットに対してサービス提供者としての”主観”を横に置き、忠実に「サービスの受益者であるマーケットに聞く」姿勢を徹底し、耳を傾け、既存会社にありがちな先入観を払拭しながら、彼ら のニーズを先取りするという事が重要であった。そのニーズこそ、忠誠心の高い顧客のライフスタイルなのです。そのライフスタイルに耐えうるような、クルーズ船客同士や乗組員等との生活体験環境を提供し、その中で船上での人間が織り成すケミストリー(相性)が「命」なのです。

このクルーズ事業を検討している時、投資者側から、船上のホテル部門は洋上のホテルみたいなものだろうから、日本の既存の有名ホテル(例えばホテル・オークラなど)との提携してはどうかと言う選択肢も提示されたのですが陸上のホテルとは大きな違いがあったのです。

議論もあったが、アメリカの現地会 社としては、この意見には全く納得できなかった。一方、陸上のホテルなどの場台、立地場所がその性格を決めるのです。その多くは、宿泊と食事+そして宴会等で構成され、ホテルの滞在客よりも通過客も多く、その舞台裏はクルーズ客船と全く異なっているのです。

陸上のホテルは、食材なども、その周辺環境の中で調達もできます。その点、クルーズ客船は長期滞在する旅行者に、寄港地観光と船上の滞在型のサービスを提供することを基本とする以上、船で移動中といえども船上で滞在中の食材などの調達は世界各地から取り寄せる体制となっているのです。

クルーズ船客にとっては、「宿泊や食事 、そして娯楽施設や会合機能を中心とし、全てが船上で完結するのです。たとえば、食事の提供も、船上で生活 する全てのクルーズ船客に、日替わり,時間替りの多彩なア・ラ・カルト・メニューで、 ク ルーズ船客を飽きさせない体勢が必須であるが、陸のホテルの宿泊客が、ホテルのレストランで何時も食事をする訳でもないのです。

彼らには、外食の選択肢もあります。またサービスを提供する雇用事情も大きく異なっていたのでした。

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クルーズ客船事業は社会心理学

クリスタル・セレニティ号でのガラ・ビュッフェ

時は1988年 5月、サンフランシスコでの旅行代理店等とクリスタル・クルーズのプロジェクト関連の話題に関して直接意見を聞く機会がありました。

この意見交換会での議論の多くは、アメリカ人乗船客に対する接客能力に関しての話てがメインだったそうです。

クリスタル・クルーズの経営首脳陣は、NYKが運航するクルーズ客船でもあり、何とか日本人幹部船員を新造船に乗せたいと強く思っていた。

しかし、サンフランシスコなどでアメリカの旅行代理店などの率直な意見を聞いているうちに、NYKの海務関係者の説得には、更に中立的な調査による分析が必要として、更なる調査を命じたのです。

1990年になって、アメリカとして客観的な調査を開始。

まずは新会社、クリスタル・クルーズ社の在り方。組織問題等の話題になりました。

日本とア メリカを駆使して、幹部国際船員の混乗や英会話力なども含め、アメリカのクルーズの販売の前線にいる旅行代理店網やクルーズ乗船客。

特にラグジュアリー・クルーズの主客層であるユダヤ系アメリカ人乗船客などの「本音」を聞く事にしたのです。

主観的な議論を避け、できるかぎりアメリカマ ーケットに聞き、彼らの見方・客観的な分析との対応を優先したのです。

アメリカ市場が最も求めるプロダクトを作らねば生き残れない事を当時のクリスタル・クルーズの幹部は知っていたのです。

旅行代理店や乗船客の見方・価値など買い手価値をどれだけ実現できるか?

この事業で生き延びて、アメリカの起業コンサルタントなどとの接点を通して、この事業を成功させるため残る鍵であると感じていたのです。

先ず、販売網である旅行代理店などのマーケットの反応を調べる事とした。

アメリカでのクルーズ客船の集客は旅行代理店を中心としたデストリビューション・ ネットワークに依存している以上、仮に彼らの意見がきわめて偏見に満ちて溢れていたのです。

就航実績のないクリスタル・クルーズの現状下では黙って謙虚に聴くしか方法はなかったのです。

調査で、旅行代理店からは以下のような多くの厳しい質問が浴びせられました。

・日本郵船の日本人幹部船員の語学対応およびクルーズ客対応能力については一切判らないが、在米日本人駐在員等や家族との接触などから推察すると国際レベルで中以下ではないのか?

・ノルウェー人船長と一緒に働くと言うが、緊急時にノルウェー船長の指示に基づき、自分たちが 送り込む)アメリカ人クルーズ船客に迅速に対応できるのか?

・クリスタル・クルーズは、ラグジュアリー・クルーズとは言っているが、乗船客を初めての試み(日本人とノルウェー人上級船員の混乗)の「実験台」にするとはどういうことか?

以上、旅行代理店の多くは、貨物船の経験と接客が重要視されるクルーズ客船とでは、安全運航への対応がまったく異なるのです。

そのコミュニケーション能力が重要ではないかと、緊急時の 日本人幹部船員のランゲージ・コミュニケーション」能力はどの程度かをとりわけ危惧していたのです。

まず、新会社の在り方、組織問題などの話になりました。

文化や価値観、考え方が日本とアメリカの溝を埋める方法を模索されていたようです。

例え話としてコンサルタントから得ていた情報などを元に、アメリカのメジャーリーグの野球チームの組織などの話をしました。

球団経営とその現場である野球場での監督選手の行動責任などの明確な分離について首脳陣に話したのです。

現場の監督が活動しやすいように、現場の選手に対する差配は球団はしない。 しかし、勝負の結果に関しては、契約を元に口を出すといった、棲み分けを明確にする必要がある のではないかとお話をしたのです。

販売網である旅行代理店には、アメリカ人幹部などのノウハウや経験を中心に置き展開することが必須条件でした。

彼らが、ある程度自由な判断で活動できる環境が重要ではないかと言う意図でもあり、乗り出し時は、ブランドが確立するまで、NYKというの会社のブランドより、アメリカで採用した欧米の幹部経験者の力を優先する仕掛けではなかったのかが懸念材料でした。

このプロジェクトの素案創りの段階から、アメリカ市場を前提にすれば知識も経験も少ない投資家側の主張よりも、「郷に入っては郷に従う」仕掛けが、重要だったのです。

日本には、NYKや他の会社が築いてきた日本の常識やスティタス・歴史は有るだろうが、この事業は、アメリカで展開する以上、投資家であるNYKが、アメリカの仕掛けに あふ程度任せる寛容さが無ければ、将来もこの異文化の軋轢は残り、上手くいかない可能性が高いと思われたのです。

ここは日本の常識を超えた、新しい世界基準に基づいた組織や仕掛けを考えるのです。

このような日本の常識が、世界基準では必ずしも受け入れられていないことを経験的に理解していたのです。

この会社経営に横たわる日米間の考え方の違いに加え、日本郵船が採用した「便宜置籍船」を基にした新会社の船舶運営やこのところ顕在化していた日諾幹部船員問題についても話をすることが出来たのです。

しかし、他のアメリカの有力クルーズ会社の経営から得た知識を元に議論すると、この事業 は、クルーズ先進国やマーケットを攻めながら、新しい会社としてのプランドを創る必要があったのです。

投資家である日本郵船の自社都合で、マー ケットの意向と対立することは、全くゼロから始める会社にとって本末転倒ではないのかと思われていたようです。

今回のNYKの英断である便宜置籍船の持つ特性を最大限に活用して、他社の追従を許さぬ地位を確立するという発想があったのです。

その実現のためには、この業界で経験が豊かで、ラグジュアリー・クルーズの基本をなす幹部人材に対するアメリカの販売網の評価が高いノルウェー人幹部船員たちの経験を軽視・無視する考えは成立しません。

彼らの経験を最大限に使い、それに更なる革新を加えて、既存の船社に対抗する戦略が賢明かと思われたのです。

新造船や建造や営業開始等、時間的な要因を考慮して、アメリカクルーズ業界にて未経験である以上、我々の置かれている立場を謙虚に理解するしか他に無かったのです。

米国クルーズ業界で最も評価の高いといわれるノルウェーの幹部船員を核にして、この事業を乗り出し、NYKとしての日本人幹部船員の登用については、5〜10 年後を目処に見直すことも可能にする方法もあったのかも知れません。

NYKの運航部門が熱意を持って、世界に通用するクルーズ会社の運航を主導したいと主張しているのであれば、具体的な目標を立て、幹部船員候補生に積極的に、他の欧米の客船での長期研修やアメリカ社会にどっぷり浸かるような長期英語・文化研修制度を導入する事なども考慮すべきかと思います。

このアメリカや世界の最高レベルでのクルーズ事業の挑戦が今後も続くという事であれば、クルーズ客船向け幹部船員の養成に関しても、日本郵船として、抜本的な体制を検討する必要があるのではないだろうかなどと議論したのです。

明治時代に、NYKが日本で始めて外航海運を始めたころ、航海に対する知識が無かったそうです。

その窮状を解決するために、イギリス人船員などに任せたエピソードがありました。

同様にクルーズも、運航面以外の多くの船上における業務や乗船客との交流を考えると、将来を見て、じっくりした対応が必要かと思われたのです。

乗船客とそれを接客する船上の幹部船員との関係は、社会心理学のケミストリーの世界だと実感したのです。

ラグジュアリークルーズ事業は、高いクルーズ料金にもかかわらず、自前で、船上での滞在中の時間を楽しみを求める乗船客で成り立っているのであって、それを満足させる仕掛けが不可欠なのです。

乗船客の大半は、アメリカでの生活形態の”日常性”をそのままクルーズ客船と言う滞在空間に持ち込み、その環境で世界を周遊する人たちなのです。

彼らの日常の生活において、彼らの交流の基本である言葉の問題(英語)などで苦労があってはならないのである。使い勝手の利便性などで、相対的に判りやすいモノの価値観とは異なり、船上で経験するソフトや コンテンツには、それに参加する乗船客の主観的意向が働きやすく、まさに人間関係が織り成すケミストリー(相性)の世界なのです。

企業側の”主観的な”判断や経験で良いと思って も、対応される乗船客の主観は別のところにあるのです。

彼らがクルーズを楽しむために用意した旅行資金を、新会社のために使ってくれるかどうかは、彼らしか決められないからです。

世界を舞台にしている日本郵船の幹部船員も、この分野においては全く素人であり、言葉の問題 に加え、この経験不足は即戦力を活用し、世界基準の実現には、時間が掛かりすぎたのがネックだったようです。

マーケットや相手が何を考える かを予見して、出来るだけネガティブな環境を避ける舞台づくりを優先せざるを得ないのでした。

より客観的なデ ータを下に議論を詰める事にしていたが、その多くは「船も就航していない段階で、サービスの実績を示す前にイメージだけで不要な先入観を商品開発の過程で入れないほうが良い」と言うのが、PR 会社や各種の覆面調査を経た旅行代理店や将来の潜在的な乗船客の意見でもあった。

当時クリスタル・クルーズは、まだスタートしていないのでした。

理想は日本郵船の船長が前面出て、接客の面でも堂々とアメリカ人乗船客とやりあえて、ノルウェー人幹部船員などを自由に使えればよいのであると思案したこともありました。

しかし、当時のアメリカ人幹部が、日本から出張してくる 船員などとアメリカ人幹部との日常会話などを通して、現在の「英語力」「会話力」 では彼らは残念なが ら納得しなかったのです。

戦前の日本郵船の欧州航路の客船は、行き先が決まった日程で、そこに辿りつく事が最優先されていたのです。

そのためには、船上の会話や滞在環境などよりは、目的地に少しでも早く着くことが最優先されたのである。

それに対して、自分のポケットマネーで好きなことを自由に楽しみ、時間に対する満足度が勝負の現代的なクルーズとは全く目的が異なったものでした。

ここに、戦前の日本郵船の客船と戦後の周遊を目的とした「時間を買うクルーズ」との違いがあったのです。

「その第一番に乗る日本人の英語力などが今問題になっているのです。

まずは第一船の事業展開を成功させなければならなかったのです。

次の段階として第二、第三船も建造し、就航させてこの道で成長することを望んでいたのです。

乗船客のニーズを満たし、同業他社との競争に勝ち残ってこそ、未来を開けてくるものです。

これら現実を前に、日本郵船本社も決断した模様でした。

船上の組織、特に指揮系統に関しては「マーケットの要請」を受け入れ、ノルウェー・システムすなわちノルウェー船長の下でノルウェー副船長と日本人副船長を配し3 人の船長体制を構成し、機関部についても ノルウェー・システムを日本人幹部機関員が補佐する体制が出来上がったのです。

また日本郵船から派遣されるクリスタル・クルーズの海務担当執行副社長は経営・監督業務に専任する事になったのです。

この方向性に関してはクリスタル・クルーズのアメリカ人幹部も全く異論が挟めなかったのです。

新規事業の立ち上げでもあり、これからの事業の方向性と自分たちの置かれている状況を、客観的に見詰める事が重要であり最初のボタンの賭け違いを何としても避ける必要があったのです。

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