1980年代後半、未来を見据えた人々は、クルーズ事業に大きな可能性を感じていました。なぜなら、2006年以降、7600万人とも言われる巨大なベビーブーマー世代が、レジャー産業やホスピタリティ産業の中心的な顧客になると予測されていたからです。
「この世代が成熟すれば、所得も増え、消費の中心は『モノ』から『体験』へと移るだろう。旅に求める価値も、ただの移動ではなく、そこでしか得られない特別な経験になるはずだ。」
ローリング・ストーンズの音楽を聴いて育った彼らは、活動的で社交性に富み、新しいものに挑戦する意欲も旺盛です。ラスベガスの成功が示すように、総合エンターテイメントをふんだんに盛り込んだ、新しいスタイルのクルーズ旅行に、彼らの期待が集まるのは必然でした。
クルーズ事業は、初期の頃、大きく分けて二つの形態がありました。
- カリブ海地域型: 太陽と青い海を求めて、カリブ海の島々を巡る旅。
- 世界周遊型: 富裕層をターゲットに、ヨーロッパやアジアの様々な港に寄港する、豪華な船旅。
ライナーからクルーズへ:船旅の進化
19世紀には、人々や物を運ぶための定期船、いわゆる「ライナー」が主流でした。タイタニックのように、豪華な純客船も存在しましたが、多くは貨物と乗客を一緒に運ぶ貨客船でした。船旅の目的は、あくまでも「移動」。大西洋をどれだけ早く横断できるかが、船の性能を競う時代でした。
しかし、20世紀に入ると、航空機や自動車が発達し、長距離移動の手段として、客船は次第に衰退していきます。富裕層向けのクルーズは存在したものの、船上設備は定期船の延長で、移動手段としての性格が強いものでした。タイタニックは、当時の定期客船の典型的な例であり、上流階級の乗客と、新天地アメリカを目指す移民という、二つの階層の乗客を乗せていました。
スノーバード、カリブ海へ:新たな旅の形
一方、カリブ海地域は、戦前はヨーロッパの富裕層が長期滞在を楽しむ場所でした。
しかし、戦後になると、航空網が拡大し、アメリカ中西部の住民が、温暖な気候を求めて「スノーバード」としてカリブ海を訪れるようになります。彼らが求めたのは、スペイン文化の影響を受けた異国情緒、そして、ビーチリゾートやエンターテイメントという、新しい旅のスタイルでした。
キューバ革命後、クルーズ会社は、キューバを避けて、カリブ海の島々を巡るビジネスモデルを確立します。
カーニバル、娯楽を売る:クルーズの大衆化
アメリカのクルーズ会社は、アメリカ人客の嗜好に合わせ、船上での娯楽や快適性を重視したクルーズを開発します。
中でも、カーニバル・クルーズは、キューバのエンターテイメント要素を取り入れ、アメリカのホテル並みの快適な船上環境を提供することで、人気を集めました。料金を抑え、外国人船員を積極的に雇用することで、コスト競争力を高めたことも、彼らの成功の要因でした。
こうして、カリブ海クルーズは、手軽に楽しめる旅行スタイルとして、1980年代には急成長を遂げることになります。
世界へ、ラグジュアリーへ:クルーズの多様化
富裕層を中心に、世界各地を巡るクルーズも登場します。航空業界の規制緩和により、航空機とクルーズを組み合わせた旅行が容易になり、世界周遊クルーズが普及しました。
ノルウェー系のロイヤル・バイキング・ラインは、富裕層向けにラグジュアリーなサービスを提供し、世界周遊クルーズを展開します。航空機を利用した寄港地への送迎など、新たなクルーズスタイルを提案し、他のクルーズ会社との差別化を図りました。
こうして、クルーズ会社は、顧客層に合わせたサービスの差別化や、就航地域の多様化、旅行期間の細分化などを進めていきます。
クルーズ業界、変革の時代へ
1970年代から1980年代にかけて、レジャー旅行人口の増加や航空業界の規制緩和を背景に、クルーズ業界は大きく変化します。
- 料金のパッケージ化
- 顧客層に合わせたサービスの差別化
- 就航地域の多様化
- 旅行期間の細分化
- ライフスタイルに基づいた顧客層への対応
- 新造船の導入
など、多様な変化が見られ、クルーズは、単なる船旅から、多様なニーズに応える、魅力的な旅行スタイルへと進化を遂げたのです。
これまでの要約を総合すると、アメリカの旅行事情は、戦後の経済成長、社会構造の変化、技術革新、そしてメディアの影響など、多様な要因によって大きく変容し、それがクルーズ産業の発展に深く関わってきたことがわかります。
1. アメリカ旅行事情の変遷:
- 戦後の社会変化と新たな旅行スタイルの出現:
- 産業構造の変化と都市部人口の増加は、労働者の休暇や旅行に影響を与え、季節に合わせた滞在型旅行という新たなスタイルが登場しました。
- テレビの普及は、各地の魅力を発信し、新たな観光地への関心を喚起しました。
- 高速道路の整備と自家用車の普及は、自動車旅行を促進し、旅行の自由度を高めました。
- テーマパーク型滞在都市の隆盛:
- 輸送手段の発達は、リゾート地へのアクセスを容易にし、フロリダやラスベガスなどのテーマパーク型滞在都市が発展しました。
- 航空産業の規制緩和と旅行への影響:
- 航空業界の規制緩和は、航空運賃の低下と競争激化をもたらし、航空旅行の大衆化を促進しました。
- クルーズ会社は、航空会社との連携を深め、全米からの乗客輸送体制を構築しました。
- クレジットカードの普及と決済の簡素化:
- クレジットカードの普及は、旅行者の決済を簡素化し、旅行代理店の業務効率化にも貢献しました。
- プラザ合意後の「弱いドル」と旅行の多様化:
- 「弱いドル」は、アメリカ人にとって海外旅行を割安にし、クルーズ旅行の需要を増加させました。
- 旅行者のニーズは多様化し、クルーズは、高齢者層を中心に、移動と滞在を同時に楽しめる旅行スタイルとして注目されました。
- ベビーブーマー世代の台頭とクルーズへの期待:
- ベビーブーマー世代の成熟は、クルーズ業界にとって大きなビジネスチャンスとなり、彼らのライフスタイルに合わせたサービスの提供が重要となりました。
2. クルーズ事業の変遷と発展:
- 初期のクルーズ事業:
- クルーズ事業は、カリブ海地域型と世界周遊型の二つの形態に大別されています。
- 客船は、輸送手段としての役割から、船上での滞在を楽しむための施設へと変化していきました。
- カリブ海クルーズの発展:
- カリブ海クルーズは、アメリカ人の嗜好に合わせ、船上での娯楽や快適性を重視したスタイルを確立し、大衆化しました。
- カーニバル・クルーズなどの企業が、料金設定やサービス提供において革新的な試みを行い、市場を拡大しました。
- 世界周遊型クルーズの登場:
- 富裕層向けのラグジュアリークルーズとして、世界各地を巡るスタイルも登場し、多様な顧客ニーズに対応するクルーズ商品が提供されるようになりました。
- クルーズ業界全体の変化:
- 航空業界の規制緩和や旅行者のニーズ多様化などに対応するため、クルーズ業界は、料金体系、サービス内容、就航地域、旅行期間などを多様化させました。
総括:
アメリカの旅行事情は、戦後の経済成長、社会構造の変化、技術革新、そしてメディアの影響など、多様な要因によって大きく変容し、それがクルーズ産業の発展に深く関わってきたことがわかります。クルーズ産業は、これらの変化を敏感に捉え、多様な顧客ニーズに応えるために、サービス内容や提供形態を常に変化させてきました。