アメリカのクルーズ人口も、この事業プロジェクト検討開始の時期(1987 年)の 288 万から、今や 1,100 万人にもなり、クルーズ客船の船型も大型化の一途で、23 万 トン、船長 360 メートル、乗 船客 6 千人を乗せる船(ロイヤル・カリビアン社(RCI) Oasis of The Seas (2009 年就航)や姉妹船 Allure of the Seas (2010 年末)が就航しました。
このような拡大し続けるアメリカのクルーズ業界においても、クリスタル・ クルーズは、そのラグジュアリーマーケットのクルーズ客船社として、圧倒的な地位を維持し続けてきたのです。
創業以来30年、アメリカの旅行業界やクルーズ愛好家の中ではクリスタル・クルーズといえば、ラグジュアリークルーズと連想がなされるようなクルーズ旅行商品としてトップブランドとしての定位置を維持してきたのです。
クリスタル・クルーズの 30年間の足跡の中で、多くの不幸な事件にも遭遇した。就航間もない船上での火事もありました。2001年9月11日アメリカ同時多発テロ(9・11)がアメリカ観光業界に大打撃を与え、 クリスタル・クルーズも大きな影響を被ったのです。
フランスの造船所の工期遅延の結果、予約客へのクルーズ料金の全額返済と言う事態も経験したのです。湾岸戦争やイラク戦争など国際政治の急変の急変 に翻弄され、 SARS、鶏インフルエンザなどの変病で大きな影響も受けたのです。
一方で、ベルリンの壁や、ロシア東欧圏の開放や中東におけるオスロ合意など、政治が新しいクルーズの世界を広げてきた現実も認識する必要があるのです。
しかし、これらの変化や出来事を、その時々の果敢な対応で、呑み込みながら、クリスタルクルーズのブランドは、クルーズゲストの間で、年に数回も乗船するようなコアー・リピーターのみならず、代理店など販売網の支持を得て、認知度を高めることができ、最高級ブランドとしての不動の地位を得ることができたのです。
今、私なりに振り返ると”ゼロから始めた新会社”による”新造船の投入など、当時の業界の常識からすれば、”無謀”と言われた構想でしたが、このプロジェクトの企画段階から、このクルーズビジネスは人と人とを繋げることを対象とする位置付けが、日本郵船本社と運航会社であるクリスタル・クルーズ との間で共有されていたのです。
マーケットに聞く姿勢が貫かれていたのです。
その実績のない、白紙から始める会社にとって、各種の調査を通して、マーケットを絞込み、その上で、サービス・プロバイダーであるクルーズ客船社と販売網である旅行代理店などの棲み分けが明確なアメリカ市場において、マーケットの形成に最も影響力 の有ると思われる販売網を味方に付けることが出来たのです。
その絞り込んだ市場にあわせて市場優先でクルーズ商品を構築する手法が上手く行ったように思われたのです。クリス タル・クルーズ)側と販売網の共創効果が十分に発揮されたようです。
当初の計画は、日本郵船本社が描く主観的な感覚やイメージをもとにした「太平洋客船会社」構想、「日本郵船が建造する新造船と新会社を中心において、クルーズ船社が起爆剤となって、日本でのクルーズ船客を創り出したいと言う強い願望を抑え 現実に顧客の存在するアメリカのマーケットを、この事業推進の主戦場に選んだのです。
そこには、日本 マーケットの置かれたビジ ネス環境の改革やその先に存在する船客への啓蒙体制の整備に期待しながらも、時 間が掛かるとの判断でもあったのです。マーケットが存在するアメリカ市場で、顧客の徹底的分析で、船客や販売網の要請に合わせた方向に、大きく舵を切ることによって、今日のクリスタル・クルーズがあったのです。
草創期から、ライフ・スタイルの変化を予見しつつ、マーケットの要請に合わせる努力も惜しまなかったのです。多彩な国民性や個性を持った国際クルーを積極的に採用し、船上での滞在環境の演出の中心に、エキサイテングなケミストリーを生む人材を置いたのです。
その結果、過去や既存のクルーズ客船会社の観念にとらわれず、他社とは違う独自性に満ちた、全く新しい時代のクルーズ会社とクルーズ客船のコンセプトの構築が実現したのです。
この船上で織りなす人材ファクターが、船上で創り出す旅のプロセスである長期滞在する環境の滞在価値を最高域まで高め、コストパフォーマンスが更に評価され、クリスタル・クルーズのブラ ンド・アイデンティティを維持し高めてきたのです。
このクルーズ商品を利用するクルーズ旅行者や販売網である旅行代理店などの関業界の中で、クリスタル・クルーズに関わってきた人材がミッションや規範を信じて、自分の役割を理解 し日々に尽力をしてきた結果です。
この足跡が、クリスタル・クルーズ はラグジ ュアリークルーズの代名詞とポジティブ・イメージを確立させ、現在の評価を不動のものにしたのです。
「クルーズ旅行商品」の核に、流行などに陳腐化しやすい「モノ(ハード)」よりも、「ヒト」に 投資を続け、個々の「人間力」を精一杯活用する仕掛けが、 20 年後の現在も高く評価されたのです。
狙いをブランドを創ることに絞込み、この新しいクル ーズ旅行商品を、クルーズゲストや販売網などマーケットを巻き込んで構築する構想が、幸いにして成功してきたのです。
クリスタル・ クルーズとその顧客を構成するクルーズ旅行者や旅行代理店に、 ロゴ・マークであるミラード・シーホースとして刻まれたブランド価値が共有されている事が、この事業の発展にも重要な鍵であることを学んできたのです。
最近では、この業界の評価の基準の一つといわれる旅行雑誌、コンデ・ ナスト (Conde Nast)の「ゴールド・リスト(Gold List)」では、船というハード面では、他の新造船の後塵を拝しつつあったのです。
2010 年の最新版では、ついに総合評価点 (92.3)で、リージェント・セブン・シーズ社に並ばれた。そのような状況でも「モノ」の劣勢を超える寄港地企画や船上での滞在環境などのソフト面での評価が、何とかこの業界のトップを走らせているのでした。
将来のクルーズ旅行者の掘り起こしが必須
最近の市場調査では、アメリカの旅行代理店を中心とした販売網は、他の旅行商品に対して、クルーズ商品を売りたいと願っているが、その動機は下記にあるという統計がある。
・ 予約手続きが簡単で、売りやすい旅行商品である(69%)
・ 利益率が高い(25%)
・ 旅行者にとって、グッド・バリュー(21%)
・ 旅行者の満足度が高い(30%)
初めてクルーズ旅行を計画する人たちに関わる旅行代理店のスタッフの予約から販売完了までの時間に関し、初めてのクルーズ経験者にはクルーズ 30 分、リピーターは大幅減、 他の旅行 45 分と言う統計もありました。
しかし、クルーズ旅行の場合は初めて乗船するゲストの多くは、 船上での滞在環境に魅了して、その結果次回の仮予約は船上での予約となると思われ、送客をした旅行代理店としては、クルーズ船社からの予約の可否の反応を待つだけで良いのです。
クルーズ旅行は、クルーズ旅行者を虜にし「麻薬」に喩えられる事もあるが、それは実は、旅行代理店なども同じ状況です。
彼らは一度クルーズ旅行を経験し た人たちを見ると、多分またリピーターとして、繰り返しクルーズ客船に乗船してくれると言う手応えの予感がある。ラグジュアリークルーズ旅行が、他の旅行のスタイルよりも、遥かに満足度が高いという事を知っているからです。
将来の旅行者マーケットに対しては、アメリカの CLIA(アメリカクルーズ客船主協会)を通してニューズ・ウイーク誌など一般誌などを大いに活用して、クルーズ旅行の魅力を宣伝した 事も効果があった。その謳い文句は、クルーズ旅行が訪問先とリゾート旅行を兼ねている、いわゆる「ワントリップ・ツーバケーションズ」なのです。
陸上での定点型リゾー ト旅行に比べ、どれだけエキサイテングで、お買い得が多いか、滞在型リゾート地におけるホテル代・税金・外食・車利用などを考えると、「トータル」料金のクルーズ料金は簡単で、その充実度も納得感が高いものであると、既存の旅行形態との違いを鮮明にする方針が徹底されていたのです。
これにより、今まで の先入観、つまり一部の特権階級向きと思われていた旅行のスタイルが意外と安価で満足度が高いことに気づいたのです。
この結果クルーズは、昔のように大西洋を横断する富裕層のものだけではなく、クルーズ客船社を選ぶ事によって、家族でディズニーランドに行くような気分でクルーズを楽しむことも出来る事を知ったのです。
しかも乗り継ぎなどの不安もなく、非常に簡単でストレスフリーな旅行であることをクルーズ経験者が仲間に、口コミで触れ回ったのです。
具体的な値段面での損得に加えて、クルーズに対する先入観や偏見の除去の努力も重要であった。 アメリカでの実験では、「クルーズはライフスタイルを前提にした旅行商品である。特に、非日常性でもなく、もっと気楽なものでなければならない」と主張していたのです。
ヨーロッパに、陸上のホテルなどを利用して旅行すれば、 言葉の問題、食事の問題や人との接点上の文化の違いなどが、気になるものであろ うが、アメリカ人船客の多いクルーズ客船では、アメリカの生活がそのまま、クルーズ客船で移動し、日常性を強調したのです。
実際に言葉や食事の問題も、陸上の旅行より、遥かに障害は少ないのです。パリのホテルに泊まった処で、言葉や食事にしても、その予約やメニューに気を使うのです。
予約での手間、フランス語のメニューや静かな環境での食べ終わるまでの当事者間の会話、サービスする側とサービスをされる側の立場などなど堅苦しさを覚えることも多いのですが、船上では、数日も交流が深まったウェイターなどと接していれば、自然に言葉を超えて交流が可能になるのです。
騒がしさは時に心地よい慣れた臨場感に繋がるのです。日替わりで訪ねる街角の堅苦しいレストランと異なり、クルーズ客船では、毎日馴染みのメイン・ダイニングであることにもよるものです。
もちろん、そこで出されるメニューは、レストランの限られた固定メニューと異なり、メインダイ ニングルームでのメインコースだけで、 10 日間、150 種類もの「アラカルトメニュー」を用意して、クルーズ船客が飽きることのない選択肢を提供しているのです。
それを、数日のお付き合いで交流が出来た旅行者やウェイターなどと会話をしながら注文をする喜びもあるのです。慣れぬクルーズゲストとって、言葉の不安などが有るにしても、それは、数日で解消するに違いないのです。
確かに、ラグジュアリークルーズ船社は、その個性を強調する余りフォーマルなスタイルを主張したりするが、それはクルーズ船社の都合であり、クルーズを楽しむ人たちには、寄港地での新しい発見と船上での出会いなどに重点を置いてもらう仕掛けを船上で構築したのです。
テレビなどや他の機会を通して、クルーズ客船を、アメリカの社会に露出させる事も効果があったのです。テレビの定番モーニングショーを、船上から実況したりもした。 クルーズを経験した人たちの生の声をマーケットに伝える事も効果が高かったのです。
各クルーズ船社や販売網は、既にクルーズを旅行した人たちに旅行後の感想を聞き、それを彼らのパンフレットやプライス・リストに載せる事も行いました。また、新規顧客は船を知らない事による躊躇指向が強いが、クルーズ客船を遠望するだけではなく、 身近にクルーズ客船を見る仕掛けも必要なのです。
船酔いの不安も、最近のような新鋭大型船の進出で、一昔前の木の葉のように揺れる絡船のよ うなこともなくなったことを周知させる必要です。
映画「タイタニック」が流行った頃、アメ リカのカリブ海クルーズでは、積極的にこの映画を船上の TV で流した。彼らの宣伝の幹部が言って いた。この映画を見て、現在のクルーズ客船がどれだけ安全か」と悟り良い宣伝出来たということです。
旅という好奇心・体験と感動を売る事業としてこの事業の草創期のプロセスに関わった頃、いろいろな先人の意見を集約している過程で、ラグジュアリークルーズビジネスとはブランドを創る事業との位置付けをしていたのです。
クルーズ客船事業における「ブランド」とは、100%バイオロジカルな「ヒト」を中心とした世界で織り成されるということです。
クリスタル・クルーズと言う響きのよい会社名と旅行商品だけでは、ブランド化を実現したとはいえません。
ブランドは、他の競合相手との識別の為の証であること。その証の為には他のクルーズ会社との違いや独自性を鮮明にしこのクルーズ客船会社の将来の在るべき姿を明確にして、大構想のその成長のプロセスの中に参加することです。
それを利用したクルーズゲストや旅行代理店が、そのサー ビスなどの内容や情報に共鳴し、体験した時に初めてそれぞれの心の中に記憶され刻まれて行くものなのです。
それが他の利便性や外形などのイメージが優先する商品ブランドと、 人間との出会いや自分の五感を刺激して触れることで築かれた感触や体験など、人間の内面と共鳴した経験型の旅行商品のヒトとブランドとの違いなのです。
創業当初からクリスタル・クルーズのバックボーンに位置づけた「人的なファクター」は、バイ オロジカルな要因で構成されているから、それぞれのヒト・人の感情や言葉などを通して、人間的 な交流を生み、そこから信頼関係が生まれる。それがクルーズ船客のみならず、販売網などにも影響を与える。
これがクリス タル・クルーズのブランド化の深層に流れていたのです。多くのクルーズ船客にとって、クリスタル・クルーズに乗ったと言うことを話すことは喜びであり快感になるのです。
このようにブランドとは人間の深層心理にある、自尊心をくすぐり、クリスタル・クルーズの船が目の前にあればそれに乗りたいと言う憧れに連なるものです。
その滞在体験から得る価値「体験価値」の中でも、「ブランドとしてのパーソナリテイ」を、クリスタル・クルーズとしての他社との違いや独自性の中心に「ヒト」すなわち「人間力」を置きエレガントで、開放的で親しみの持てる環境を創り出しているのです。
旅行商品は対象とするものは、サービスをされる側も「人」であり、サービスをする側も「ヒト」なのです。
即ち「ヒト」を知らねば、この仕事は成立しません。 これから対象とする客層は「モノを買う」事よりも「体験を買う」ことにより関心が 行くと言われる世代です。
「ブランド価値」は、模倣されやすい性質を持っているので、ラグジュアリークルーズ客船会社も、 ますますこの「ヒトと人」の交わりにこだわる世代への対応をマーケッターの先見の明を発揮すべきかと思われます。