ラグジュアリークルーズに対する日本人のバイアス

アメリカでのクルーズマーケット調査によると、米国の旅行代理店が考えるラグジュアリークルーズの基本概念は、船長や上級幹部船員とクルーズ船客の交流や社交をベースにしているのです。

「流暢な英語を操る、ヨーロッパ人幹部船員による接客」

当時のロイヤル・バイキング社やシーボーンクルーズ社の白人オンリーのイメージで、 それに見合うコストパフォーマンスとして、他社より高い料金を払うことでした。

クリスタルクルーズ社の課題として、高額のクルーズ代金を払ったのに、提供されたサービスの中に、予期しない過度の日本のエレメントが混じっていては困るのだと強く主張し出したのです。

このことは、この事業乗り出し時の過去の覆面調査でも指摘されていた模様です。創業前のクリスタルクルーズ社の調査によると、配船先は、まだ環太平洋クルーズを中心考えていたのです。

日本人幹部船員の積極的な登用は、彼らの許容範囲と思われていた)この業 界では、ラグジュアリークルーズ=ロイヤル・バイキング社の代名詞と思われるほどでした。そして同社はアメリカの旅行代理店からの支持は大きいものでした。

ラグジュアリークルーズを主に扱う旅行代理店の担当者の中心は、主に30〜40代の女性で、日本を含めてアジアの世界に最も遠い所にいるといわれたユダヤ系と言われていたのです。

また、西海岸に於ける旅行代 理店の中年女性には、家族の中に、太平洋戦争や朝鮮戦争との関わりがあった人たちが、クルーズ 旅行の販売に関わっていた。このプロジェクトに関􏰂し行った船客の反応をチェックの為の初期マーケット・リサーチ によれば、年配のアメリカ人船客や日本人船員の優秀さを知らないユダヤ人の客層にとっては、日本人の凛々しい制服姿は、残念ながら、ドイツ人軍人と同じように、映画 の「トラ・トラ・トラ」「パール・ハーバー」等の映画の世界の「太平洋」でした

日本人の発想では思いもよらないことですがアメリカ人にとって太平洋とは、硫黄島を含めて激戦地を思い起こさせるという厳しいコメントも少なからずあったのだ。

現実の例として、彼らが、ドイツのラグジュアリークルーズ客船「オイローパ」に、全く乗船しない。その理由として アメリカの販売網が、ドイツ船への誘客を拒否していたことも原因かと思われるのです。

送り込んだ船客が、リピ ーターになることはないと、経験的に知っていたし、彼らのコメントのなかには、ドイツ人船員の制服姿が、戦争を思い出させるものであるとの調査結果もあったのです。これは単に相手の感情やサブリミナルな意識の問題で、こちらではコントロールできない話だったのです。

クルーズ船客は、彼らの先入観や固定概念などが入り混じった「主観」で船を選ぶわけで、多分 背景には、有色人種に対する白人(特にユダヤ系)の優越感や当時も日系人強制収用などとの関連で注目を浴びていた太平洋戦争の不幸な歴史、彼らから見る日本人と他のアジア人との区別、日本人とフィリピン人の船員混乗など文化や習慣の違いもあります。

このことは、この事業乗り出し時の過 去の覆面調査でも指摘されていた。日本人の乗組員の努力にも拘らず、アメリカの旅行代理店が思う「

日本の乗組員は、貨物船しか知らないのではないのか?

と言う先入観を払拭するのは、 難しい課題でした。

このようなバイアス的な議論は、1980 年代後半のアメリカの政治・社会環境の過激な動向も 影響していた。当時、アメリカでは、ヒスパニックの増加や黒人問題を抱え、「外見・外姿」を見て、相手を無意識に差別することが、問題になっていた。

例えば、警察の初動対応に、マイノリティであると言う先入観が影響を与 えているなどといった、人種的プロファイリング が、人権運動の活発なアメリカ社会の大問題になっていたのです。このような大きな社会の 動向や世 論のうねりは、円高傾向をもとに、アメリカに進出してくる日系企業や日本人に対する見 方にも影響を与えていた。WASP などの白人社会(アングロ・サクソン系)や ユダヤ人社会とは異なった少数民族問題として捉えられることも多かったのです。

アメリカ議会では、日系議員などを中心として、戦時中の日系人の名誉回復運動が、クローズア ップされ、第二次世界大戦時の真珠湾攻撃の是非などとともに、この日系人問題が、特に西岸諸都市を中心に頻繁にマスコミで取り上げられていたのです。

1988 年、レーガン大統領は、戦時の「日系アメリカ人」に対しての偏見的・差別的な対応」と日系人「強制収用所」問題に関して、国家としての謝罪をすることを 表明した。彼の国家謝罪で、日系人に対する法的な復権の試みは、一応落着し た。 この表明は、真珠湾攻撃以来、アメリカの人たちの深層心理に流れていた、日系人 を「敵性 市民」として捉える「偏見」を払拭する効果があったといわれたのです。

その後も、覆面調査の手法などで、日諾高級船員の混乗なども含めた船上の滞在 環境などに関す るマーケット調査を何度も行った。その結果、彼らの偏見に満ちた ラグジュアリー・クルーズ客船 の本音を一言で言えば、以下に尽きたのです。

「ラグジュアリー・クルーズにおける高級幹部船員の採用 は、ロイヤル・バイキン グ社等のホワイト・シップの例を、ビジネスモデルを基本として検討」

「日諾混乗の発想は、運航会社の都合であって、彼らのマーケットを中心とした「売れる」 ビジネスモデルではない」

「娯楽指向型カリプ海の”ファン”・シップとラグジュア リー・クルーズ(長期滞在型)は性格が違うのです。長期滞在型のクルーズにとって最も大切な点は、船上における幹 部船員や船客との交流にあるのです。この点をクリスタル・クルーズ)は、どう考えているのか?」。

クルーズ事業は、滞在型の旅行であり、毎日顔を合わせ、そこに誰が働いているかが、大きな意味を持つのです。

当然文化や習慣の違いを通した主観や偏見もあります。

クリスタル・クルーズ社の考え方としては、この辺りの微妙な事情を勘案し、さまざまなプレイダウンな工夫を検討すべきであるとの PR 会社のアドバイスもあったのです。

船長やチー フ・エンジニア(機関長)をノルウェー人にし、ダイニングの客席のホストとなるキースタッフについても、マーケットやクルーズ船客個人の意向を受け入れた方が、好都合だったのです。

このようにアメリカは日本の単一民族ではなく、様々な人種が織り混ざって生活しているので、価値観や考え方が異なるのは当然のことです。その調整がいかに難しいかを伺えるのです。